ベトナム旅行2日目午後

ホーチミン市に戻ってきたのは15h前。あたしだけでなく他の人も気持ち良く寝ていた ようだ。夕食までの間は市内観光をする。名所が固まっているので、短時間で回れるのが いい。

最初に向かったのは、戦争証跡博物館。旅行を企画した時点でここは外せないと思って いたが、真打が来た。ベトナム戦争で使用された兵器や当時の写真などが展示されている。 入り口で日本語のパンフレットをもらった。戦闘機や戦車の置いてある中庭を取り囲んで、 1〜6の番号がついた棟が建っている。このどこかに爆弾の欠片を集めて作った女性像や、 枯葉剤によって生まれた奇形児のホルマリン漬けが置いてあるらしいが、どこかわからず 見ることができなかった。あたしがショックを受けたのは数々の写真パネルだった。民間人の 首を切断してカメラに笑顔を向けているG.I.たち、拷問を受けて苦痛に顔を歪ませている 村民、オレンジ爆弾(カプセル状の爆弾で、殻が爆発すると中に詰まっているBB弾みたいな 爆弾が飛び散る)の被害者、数人の幼い子供たちと必死で川を渡る若い母親(これは日本人の 写真家が撮ったもので、ピューリツァー賞を受賞して世界的に有名になった)、サイゴン 陥落時の都市部の混沌、腹部でつながったベトちゃんとドクちゃんの無邪気な笑顔。

あたしは原爆投下時に広島にいた祖父母を持っていて、原爆資料館に何度か足を運んで いるから戦争のひどさはそれなりにわかっていると思っていた。しかし、平穏に暮らして いる所に敵軍が押し寄せて来て体と体のぶつかり合いをするのとは少し事情が違う。6年前に シンガポールで戦争博物館を訪れて日本軍の侵略を知ったときも、今年9月末に沖縄の ひめゆり平和祈念資料館でアメリカ軍と戦う女学生たちの存在を知ったときも、思ったこと。 一瞬の閃光と熱で何十万人もが殺される爆弾は確かに怖いし、科学の暴走は恐ろしいと思う。 でも、至近距離でこちらに銃を向ける敵が追って来て、一人一人が容赦なく嬲り殺されて いき、身内の死に慟哭する間もなく自分の身を守らなければいけない。絶命の瞬間を見届け なくてはならない。大昔からあった戦闘姿勢かもしれないが、この状況はやっぱり過酷に 変わりない。ひめゆりの生存者が証言ビデオで言っていた言葉「私だけ生き残るのはいやだ。 いっそのこと殺して」を思い出し、胸を抉られた。


バスに乗ってもしばらく沈んでいた。空は気分を映し出したかのように曇り始めていた。 統一会堂に着いたら、小雨がぱらぱら降り出した。統一会堂は、戦争の頃に大統領が住んで いた場所。中学生のときに行ったホワイトハウスより立派だと思ってしまった。今は誰も 住んでいなくて、観光地になってしまった。ここで初めて自分を入れて写真を撮ってもらう。 サウさんは自分でもデジカメを持っているらしく、「大丈夫、わかりまーす」と気軽に 撮ってくれた。何か、緊張した。

聖母マリア教会と中央郵便局はすぐ近くだ。バスを降りるとわらわらっと絵葉書を売る おばちゃんたちが寄って来た。欲しかったけど他の人が相手にしてないのでしょうがなく 無視した。まずは街のシンボルという教会。2つの尖塔は高さ40mらしい。ベトナム人口の 2割はカトリックだそうで、中に入ってみたら脇で懺悔している人がいて、観光ついでに ふらふら来るのは失礼だったなぁと思った。中も外もとてもきれいだった。中央郵便局は 黄色い外壁に世界のニュートンなどの偉人の顔のレリーフがついている、ヨーロッパ的な 建物。さっきの統一会堂とは違い、中はちゃんと機能している。入ってないけど、ここでも 写真を撮ってもらった。しかし、一人真ん中で写るのは寂しいなぁ。

人民委員会庁舎は、わかりやすく言えば共産党本部。この周辺には共産党員しか住めない らしい。新しく住む人は徹底的に経歴などを調べられるそうだ。そこまでする理由は「相反 する思想主義者が本部の近くに来たら、何をするかわからず危険だから」。道路を隔てて 正面に、少女を抱っこするホーチミン氏の像。ベトナム統一の父だ。一生独身で、統一の ために力を尽くしたらしい。ちなみに10種類あるベトナムのお札に載っているのは全部 ホーチミンの顔で、紛らわしい。Nさんの提案で、団体写真を撮った。

そこから少し歩くと、市民劇場があった。これもヨーロッパにあってもおかしくない 建物。白い壁にオレンジがかった赤の屋根(街中に多く見られる色)、てっぺん近くに天使の 像が2つくっついている。どういう出し物をしてるのかなぁ。


この辺りが観光客に人気のおしゃれなショップが集中しているドンコイ通りだ。まず 「Miss Aodai」という大きな物産品ショッピングセンターに連れて行ってもらった。 真っ先にバッグを見に行ったら、店員さんがぴったりついて来る。「ここ、彼女の持ち場 なのかなぁ」と思ってちょっと離れてみると、まだついて来る。何か手に取ると、説明を 始めようとするが日本語ができないらしくほぼ無言。
「あの、しばらく見させて下さい」
と日本語と英語で言ったものの、アオザイやサンダルを見に行ってもまだいる。ゆっくり できなくて、何も買えないまま早めにバスに戻った。気色悪かった。Kさんの奥さんが後に なって
「変なお店でしたねぇ」
と言っていたから、ストーカーされたことを言ったら
「私は店員さんに『これかわいいね』って話しかけられたから、『はぁ、かわいいですね』 って言ったら、『でもちょっと高いね』って向こうから言ってきたの。だから『うん、 高いねー?』って返したら、『てへっ(´・ω・`)』て感じで笑われたの!」
変な店だ。50名のアオザイ美人が日本語でご案内、ってショップガイドに書いてあったのに。 それでも何人かはお買い物してきてたようで、焦りのような悔しさのような変な気分に なった。お店が全てこういう感じだったらお土産買って帰れない!とか思った。

その次は「em em」というお店へ。こじんまりしたお店だけどぎっしり雑貨があって、 あたし好み!店員さんは日本語で迎えてくれた。刺繍のポーチやハンカチ、ビーズ刺繍、 水牛の角製品、人形、2Fにはオーダーメイドのアオザイ工房がある。ここでシルクの チャイナ服型ティーコゼ($9)と、ヤモリの形をした水牛の角の簪($7)を買った。竜や フクロウのもあったけどどうしてヤモリかというと、バスの中でNさんたちが
「おわっあそこにもいた!」「あれもそうじゃない?」
と外を指差していて、その先にはヤモリがいたから。店のショーウィンドウに張り付いて たり、壁にくっついてたりと結構な数がいたらしいけど、あたしは目が悪いのでわから なかった。だから記念に簪で。ご機嫌でバスに乗り込んだ。


そしてベンタイン市場へ向かった。市場と言っても屋内。とても広いので、待ち合わせ 場所と時間を決めて自由行動。早速Iさん夫妻に混ぜてもらう。Iさんの旦那さんは サングラスを壊してしまったので、新しく買っていた。GUCCIとかレイバンとか、お店の ショーウィンドウにはブランド名が書いてあるけど怪しいもんだ。そして二人とも帽子を 値切って買い、喜んでいた。韓国の市場の激しさに比べれば、と余裕綽々の様子だ。 あたしは盛んな呼び込み(「そこのねえさん」「ねえさん、ねえさん、ふくがやっすいよ 〜〜〜」 ←「ね」と「ふ」と「や」にアクセント)や熱気に度肝を抜かれてしまい、 収穫ゼロ。絵葉書を求めたけどどこにもなかったのでがっかりした。ばしばし買い付け できるような肝の太さが欲しい。

Iさんの旦那さんは歩くのが好きな人で、遠くまで歩き回った。外に出たら暗くなって いて、夜の屋台が出始めている。こういう所で現地の人に混じって食べる料理もおいしい んだろうけど、衛生面が心配で勇気が出ない。狭い路地までコピー商品や靴や服を並べる 屋台や商店が賑わっていて、通り道すれすれにオートバイが徐行運転している。裸電球に 照らし出されるチープでカラフルなアクセサリーやバッグ、排気ガスの匂い、すれ違った ときにひたっと触れ合う汗ばんだ肌。アジアな感覚だった。あたしはこれを味わいに 来たんだ。この喧騒の中をずっと歩いていたかった。


夜はレストランでベトナム風フレンチ。長テーブルを11人で囲む。席順は年齢層で 分かれた。照明は薄暗く、ろうそくを灯してある。これがジジジジ、バチバチって激しく 燃えてるのでちょっと雰囲気が違う。カメラの電池が切れてしまって撮れなかったけど、 メニューはフランスパン、かぼちゃのポタージュ(ハロウィンとは関係ないらしい)、黒酢 みたいなドレッシングのサラダ、豚肉のソテー 温野菜添え、フルーツポンチ。食べる前は フルコースなんて入るかなぁ、と心配してたけど、スープがおいしくて、サラダの酸味が 食欲を増進。ベトナムでは豚肉をよく食べるらしいけど、脂身を取ってあってさっぱり。 飲み物はパイナップルジュースにしたら、ビールみたいにあわがこんもりしているのが来た。 濃くておいしい。4万8000VND。

昼からビールの種類が増えていて、333(バーバーバー)ビールというのがあった。 Iさんの旦那さんは
「バーバーバー?ジージージーはないのかな?じじいは飲んじゃだめなのかな?」
とオヤジギャグを言ってテーブルを和ませた。

どうしてあたしが一人旅なのかとみんな興味津々だったらしく、真中に座ったあたしは 会話の中心になっていた。皆さん気を遣ってくれてるんだろうか。
「うわぁ〜すごい勇気あるなぁ、私だったら来ないなぁ」
「いっぱい楽しんでそのお友達に自慢しちゃいなー」
と励ましてもらった。食べ終わったらギターとヴァイオリンの生演奏が始まって、うきうき した。長い一日の終わりがとても楽しくて良かった。


ホテルに戻ってギフトショップで絵葉書を5枚買った。1枚4000VNDだから、2万ドン札 1枚出してちょうどいい。ゆっくりお風呂に入ってから机に向かう。アメリカの友達の JillとRenee、京都に住む10年来の友達chesspyonには絶対出そうと思って住所を控えて あった。家とAPPEちゃんに書いて…と、ふと273にもお見舞いの意を込めて書こうと思った。 旅行の申込書を持って来ていたから、住所がわかる。というわけで、Jillの分を充て ちゃった。安いし明日買い足そうかな。

APPEちゃんと電話がつながったので、20分弱話した。IP電話で、1分毎に$1.20かかる らしい。一人旅だし、安全確保のために電話代だけはケチらずにいようというのがポリシー だったが、ちょっと話し過ぎた。どうしても日本にいるときと同じようにだらだら話して しまう。703xママとも話せた。今日のことを報告すると、
「703ちゃんは年上の人にかわいがってもらえるタイプだからねぇ。最後まで気ぃ抜かず 頑張りんさいよ」
とのお言葉。うん、最終日どうしよう。オプションツアー申し込みは一人からでもできる のはスパ系のみで、あとは最少催行人数2人だ。アオザイオーダーメイドしたいのに、ダメ かもしれない…。

日記を書いていると、Aさんという日本人女性スタッフからご挨拶の電話があった。 ホテルには273キャンセルの連絡が入っていないのか、やっぱり連名でかかってきた。
「何かお困りのことがありましたら、お気軽にご連絡下さい。あと日本のニュースを毎晩 お届けします」
電話を切って間もなく部屋のドアの方で「すとっ」と音がしたので、見に行ったら asahi.comのトップページのプリントアウトが1枚あった。ヘッドラインしかわかんない じゃん。でもここで幸田証生さんが亡くなったことを知った。ママがあたしの一人旅を あれだけ心配したのも無理はなかった。うん、最後まで気を抜かずに頑張らなきゃ。

Oct.31, 2004


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