ベトナム旅行5日目午前

ベトナム時間3h15頃電気がつき、機内食が出るとアナウンスされる。日本時間でも 朝の5h15なのだ、こんな早くに食事なんか入らないよーと思っていたけど、ワンピースの 到着を待っていて夜を抜いたのでおなかがすいていた。白身魚とエビと人参のお粥、 ライ麦のロールパン、何かのフルーツとミルクのムース、ドラゴンフルーツ・マンゴー・ すいか一切れずつ。隣のおやじが人の耳元でお粥を一口ずつ「じゅるっじゅるっ」と 啜るのでげんなりした。でもお粥自体はおいしかったので完食。ベトナムの大手飲料会社 VINAMILK(看板が街の中にたくさんあった)のオレンジネクターが出て、とても おいしかった。スーパーはアメリカっぽくて、ベトナムらしくないものには見向きも しなかったけど、普段食べるようなものこそトライしてみたら新たな発見があったかも しれないなぁ。

食べてしばらく起きて、テレビ画面に飛行状況が出るのを見て
「ほほー、今はもう鹿児島辺りの上空1万メートルかぁ」
とわくわくしたり、
「外の気温-50℃ってすごいー」
と震えたり。でも機内も寒かった。フリースを着てるのに薄ら寒く、毛布をかけても寒い。 風邪でも引いたかと心配していたが、他の人も寒い寒い言ってたので安心した。それから ぼーっとしていて、気が付いたら着陸していた。


日本に帰って来たよ!日本時間7h15。

再入国許可を受け、預けた荷物を引き取る。当たり前だけど無事に届いて良かった。 てきぱき動いていたけどまだ頭はぼーっとしていて、税関での受け応えもぼけぼけでやって いた。
「何か申告するものはありますか?」
「ないですぅ」
「こちらの手提げ、拝見してもよろしいですか」
「えっと、一応必要最小限の物しか入ってませんよぉ」
「お一人ですか?」
「ひゃい」
こんなふにゃふにゃで一人旅で「麻薬の運び屋でもやってるんじゃないか」って疑われない だろうかとか、ホテルのエレベーターホールで「ご自由にどうぞ」と置いてあった果物 (リンゴと梨を掛け合わせた、中国原産のものらしい)がボストンバッグの底に入って いるんじゃないか、いや食べなかったから部屋に置いて来たっけ、と頭の中でぐるぐる 考えたが、特に後者に関してはめんどくさそうなので何も言わなかった。ないことを 祈ろう。

よたよた歩きながらJRの切符を買う。成田エクスプレスは高いから、各駅停車にした。 JRと京急1本ずつしか線路がないみたいで、効率が悪い。まだ朝も早いので、ホームで 20分も待たされた。その間に703xママとAPPEちゃんにメールした。ママの喜びようが メール2通から伝わって来た。


社内はスカスカで、容易に座ることができた。しかしさすが各停、長い。行きは 気づかなかったけど「物井」(ものい 某商社を連想してしまう)、「都賀」(つが) など変わった駅名が多い。小学校中学年の頃住んでいた辺りも通ったけど、新しいビルが たくさん建っていて風景がすっかり変わっていた。

東京駅で乗り換えするため降りる。ここまで来ると通勤ラッシュの時間帯になっていて、 人にぶつからないように歩くので精一杯だ。駅のホームまで階段を駆け上がって、ちょうど その頃273から来たメールに返事をする。元気でいることを知らせると、「良かった〜今日は ゆっくり休んでね」と返って来た。電車のドアが開いた途端ずかずかっと空いている席に 腰を下ろし、家の最寄駅まで1本なのでしばらく眠ることにした。横浜を過ぎた辺りで ママから「帰りはバスかタクシーに乗るといいよ」とメールが来た。

最寄駅に着くと、いつも徒歩で帰っているからなぁととことこ歩き出した。上り坂は キツかった。晴れてとても暑く、これじゃベトナムと変わらないんじゃないかって思う くらい大汗をかいた。途中で我慢ができなくなって、荷物を降ろしてフリースを脱いだ。 汗を吸ったカットソーが風を浴びて冷えて行った。「ぬ゛ぁぁっ!」と21歳の乙女ならざる 雄叫びを上げ、ボストンバッグを左右にぶんぶん揺らしながら坂を登り切った!


帰宅するとママが驚いて飛んで来た。思っていたより早かったらしい。バスやタクシーを 使ってもあと15分はかかるかなぁと踏んでいたと言うから、どれだけアドレナリン分泌 しながら帰って来たかということだ。着替えてすぐ、荷物を解いた。問題のリンゴと梨の 合いの子は、部分的に熟してバッグの底で潰れてた。食べて証拠隠滅。後は洗濯物を 出したり、お土産を広げたり、デジカメの写真を見せたり。今までこの旅行記に書いた ようなことは、その日だけではもちろん話し切れなかった。

リラックスしながらママと一緒に昼ご飯を食べて、引いてくれていた布団に 寝っ転がると、20h過ぎに夜ご飯に呼ばれるまで何と8時間近くも寝ていた。ずっと気が 張っていたのかな。


月並みな感想になってしまうけど、この旅行のことは一生忘れない。初めて一人で旅した 海外には親切な人がたくさんいた。言葉が部分的にしか通じなくても優しくしてくれた 現地の人や、一緒のグループで何かと気遣ってくれた10人の人たち。あたしはこんなに 楽しい旅行をできるとは全く想像していなかった。次行くときは少し気持ちに余裕を持って 周りを見回して、今回のあたしみたいに心細くしている人がいたら助けてあげたいな。 今回出会った人たちにはもう会えないかもしれないけど、それがあたしにできる恩返し だと思う。

写真や大量に買い込んで来た物だけでなく、心の中にたくさんお土産を持ち帰った。 この長文テキストでその大部分を広げてみたけど、語彙が少なくてぴったり表現でき なかったり、文章の構成が下手で完全に再現できない。帰国してから日が経ってしまった ので、記憶違いも出て来ているかもしれない。でも、あたしは一回り大きく成長して帰って 来た。それは間違いようのない事実。

Nov.3, 2004


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