制作背景

「魔笛」は、モーツァルトの世界観そのもの。彼の最期3ヶ月前に初演 された、傑作でした。

旧知の仲の有名興行師E.シカネーダーに頼まれて「魔笛」の作曲に取りかかったのは 1791年の5月ですが、「序曲」と第2幕冒頭「神官たちの合唱」が仕上がったのは初演の 2日前の1791年9月28日でした。それまでのオペラと違うスタイルに観客は次第に熱狂。 観客の多くは貴族ではなく庶民。モーツァルトは「オペラ=貴族の楽しみ」という時代の 潮流を変えようとしたのです。

初演から2ヶ月少し経った12月5日午後、死の床に臥したモーツァルトは「魔笛」を もう一度聴きたいと言い出しました。友人のバリトン歌手にパパゲーノのアリアを歌って もらうと、涙を流しながら一緒に口ずさんだと言います。

ウィーンでは「魔笛」の人気が留まることを知らず、初演から14ヶ月で83回は上演 されたという記録が残っています。それに伴って他のオペラや器楽曲も注目され始め、 モーツァルトの死後10年で国外にも急速に広まって行きました。

王子とか星の輝く夜の女王とか、笛で試練を乗り切るとか、何だかおとぎ話めいて いるけど、かわいい物語、というだけではなく、秘密結社フリーメーソンの思想が濃厚に 含まれています。フリーメーソンというのは「徳性による人間の完成」を目指す神秘 主義的な団体で、元は厳しい戒律を持つ石工の集まりだったのが、次第にヨーロッパ中に 広まったもの。

35歳の若さで死んだモーツァルトの暗殺説とは、「魔笛」の中でフリーメーソンの掟を バラしてしまったからとも言われます。
例えば、序曲の初めやザラストロ登場を示す3つの 和音(MIDIサンプルは「序曲」初めより)は、フリーメーソン会員が入室するときに 3回ノックする、という決まりをそのまま使っています。他にも、ザラストロの言葉、 弁者の言葉、いろいろなところでフリーメーソンの信条が抜粋されています。

しかし、モーツァルト自身の世界だと言ったのは、ただフリーメーソン賛美のオペラ ではないということを踏まえて。現実のフリーメーソンは男女の愛を平等に認めて いなかったのに、「魔笛」では男女の愛、さらには人間愛の素晴らしさを説いています。 人間への愛を信じていなければできません。

モーツァルトの音楽は優しくて好きだ、と言うファンの方はたくさんいますが、それは たぶん彼の人間愛の深さが根底に流れているのを感じ取れるからでしょう。

ただ…「試練を突破することで、ザラストロの門下に加わって正しい道を歩むことが できる」というフィナーレは、宗教が身近でない日本人にはあまり実感が湧かないかも しれないですね。

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