……………………こうして書いて行くと些か腹立たしいくらいに。
まぁそんなこんなで毎日が全く以ってそんな風に至極のんびりと穏やかに流れていた。けれど或る日の突然のことです。
何時も通り矢張りのんびりと自室で寛いでいた妹姫さま。サクラは父君である王様の緊急のお召しを受けてこの立派な白亜の王城のその中心である謁見の間に先導の侍従長に連れられて遣って来ていました。
姫としてはこの海底にある各国の国境さえ通り抜けて張り巡らされた情報収集ケーブルであるインターネットなるものに最近嵌っておりましたので。姫さま方がご覧になるにはちょっと際どい情報が満載されたアンダー趣味なアングラっぽいサイトにもう少しでアクセス可能になる良いところを邪魔されたのを少し恨まないでもなかったのですがこの全体的に常に暢気なお城では滅多に見られない緊迫した表情の侍従長に押されるかたちで渋々文句を引っ込めて大人しく付いて行くことにしたのです。
この侍従長は先代の王様の時から既に侍従長を勤めていたという年季の入ったお爺さまでそれなのに堅苦しいところがないので姫さま方もお小さい頃から「じいやじいや」と呼んで良く慕っておりました。その侍従長が此れ程緊迫したお顔をして姫を呼んだことが嘗てあったでしょうか。………いや。ありません。なのでサクラは何となく落ち着かなくじいやから見て右側側頭部になる辺りのむずむずを宥めながら姫君方の住まいである一画を離れ広いお城の廊下を抜けて謁見の間に入って行きます。
この王城だけでなくそれこそこの海のお国の文化と富と威光との正にその中心とも言える謁見の間はこの場に座して来た何代もの王様の輝かしい栄光をそのままに重ねた如くそれはそれは豪奢の一言に尽きる一間です。
材質こそ姫君方の普段お住まいになっているお部屋と同じですが選び抜かれた一等上等の虹色貝の箔できらきらと輝く白い壁から元々が丘に聳える高い建物であるこの王城でも最も天高くまで昇る遥かに高い天井までびっしりとずっと飾り彫りの美しい幾何学文様で彩られた此処はお城の本当の中央。言わばこの国の心臓です。厚い壁で他の場所から特別に隔てられた大広間にはしかし閉塞感を嫌う設計者のどのような妙なる意図か上を見ればその高い高い天井や厚い壁それ自体に矢張り飾り彫りの繊細な透かし格子が嵌るかたちで美しくしかし明るい外海から確実な採光が入るよう計算され尽くした大きな天窓がたくさんたくさん開き。足元には白珊瑚や石膏雪花の壁や天井のそれと同じように真白に輝く堅い大理石の床には進む靴が沈む程の厚みを持った。赤と黒に丁寧に黄金糸の縫い取りの入った絨毯がこの最奥でいよいよ一際高く座す純度の高い翡翠をそのままに削り上げて造られた大きくそしてこの上なく立派な玉座までずっと長く敷かれています。それはそれは此処に通される他国のご使者さまでもちょっと気合を入れないと圧倒されて仕舞うような。この謁見の間はそんな風にこの国で一等美しくまた絢爛たる高貴な場所なのでした。
ところで正式な謁見でもなく寛いでいるところに行き成り呼び出された姫はまたしても白い肌が隠れている筈のところまで透けて仕舞いそうな部屋着の黒い薄物一枚です。
が。その辺りはまぁ王家と言ってもリベラルなお家柄ですので侍従長も今更如何こう言ったりはしません。と。言うより姉姫と違いお衣裳係りの女官を困らせる程に身の回りに頓着しないこの姫に着飾ってくれとは既にこの城に住まう者には押し並べて無駄な提言でしかないことが理解され切っており周囲も最早諦めムードなのでした。勿論姫をお召しになられたのは正真正銘王様で呼び出された先は謁見の間です。が。王様とは言え父君です。謁見の間とは言え自宅です。今更この妹姫に対して仕来たり云々というお家柄でもありません。このお召しは妹姫さまにすれば言わば「何か呼んだか?親父」のノリです。リベラルで良いことです。
そんな中。何時になく緊迫した顔付きの侍従長は妹姫さまを謁見の間にお連れすると自分は一礼して下がって仕舞いました。今更身分が如何とか言う性格の王様ではなかった筈なので一緒に来たじいやが下がって仕舞いひとり残されたサクラは「あれ?」と思わないでもなかったのですがともあれ呼んだのは父親です。なら此れは単に家族間の話なのかそれにしては大仰なと思いながら玉座に座る父君の下にずかずかと……いえ。しずしずと歩いて行きました。
それにしても家族の会話なら晩御飯まで待ってくれれば良いのにと思いながら歩きます。それこそ謁見の間は広過ぎていちいち王様のおわす玉座まで歩くのも相手が父親だと思えばこそそれはそれで面倒な話でした。まぁ本来は食事だって王家の方々はそんなに気軽な距離で召し上がったりはしないものですが姫さま方が揃って十の御歳を迎えられた頃……それは丁度御妃さまがいなくなられた頃でしたか「家族は触れ合える距離で飯くらい食わんとあかんわーっ」と淋しさ余った父王様がちゃぶ台を引っ繰り返してお仕舞になられてからずっと此処の王家の食卓はちょっと豪華なだけの一般市民と変わらないくらいのダイニングテーブルでした。王様や。それから姫さま方のお三方だけのご家族にしてみれば如何考えても必要以上に立派な正食堂を使うのは今や正式の晩餐会や公式の行事の時だけです。主厨房の小さい続き間のひとつにそのために設えたダイニングはそうやって家族で囲む食卓には気持ちの良いお部屋ですし其処でしたら時々は先程の侍従長や勤めの長いメイド頭や新作披露の料理長なんかも一緒に食べることが出来ます。堅苦しい正餐なんかより。王様も双子の姫さま方もそーゆー雰囲気の方がずっとずっと好きでした。
で。話が見事に逸れましたが此処で妹姫さまを緊急にお召しになったのが今上陛下。
謁見の間のその玉座におわす父王さまです。どちらかと言えば姉姫がこの方譲りの血を引いたのでしょうか薄っすらと虹色の光を佩く薄水青の鱗と淡い水色に融けるように何枚もの青に重なって見えるヒレを持つこの今上さまはとても十七歳の娘がふたりいるとは思えない若々しいを通り越してもー此の際童顔も良いところの顔立ちにぽちぽちと業とらしく髭等生やした。生やしたところで尚父親とゆーより見た目的には精々ご兄弟の君さまくらいにしか見えない外見の。それでもふたりの姫さまにとってこの上なく愛するたったひとりの父君でありその性質明朗快活にしてより賢く良い統治を敷かれることで海の世界に名を馳せる立派な賢王さまです。
そしてこの方はまたすらりと均整の取れたしなやかな身体付きに相応しく今日もまたその見事なスタイルを邪魔しないすっきりと濃い緑を基調にした上下のひと揃いの上から濃茶の腰帯と揃いの肩布を斜めに掛けた。重苦しさのない襲の中に黄金糸の縫い取りのご衣裳が何とも艶やかな。それはそれは童顔から思わせる愛嬌も併せてそのなかなかに整ったルックスやしなやかなスタイルまで普段からずっと城下街の人魚たち。取り分け若い娘さん方を喜ばせ誇りに思わせて下さるような素晴らしく男前な王様なのでした。
けれどそんな何時も陽気な今上陛下が如何したことか。今ご自分でお召しになった妹姫を前に王様はその男前のお顔は兎も角。持ち前の童顔で其処に常に+されている筈の無駄にたっぷりの愛嬌が全然駄目駄目になって仕舞われるくらいに眼光鋭く眉を厳しく顰めて眼前に上がった愛娘を見据えておられます。此れもまた娘可愛しの父王様にしてみれば極めて異例と言って良いくらい珍しい厳しいお顔でした。漢は愛嬌!がポリシーなこの王様がこんなにも厳しいお顔をなさるのは「今夜は一緒に寝ようねvケンちゃん」とお約束した筈の姉姫がすっかりそれをお忘れになって仲の良い妹姫と一緒にご自分方のベッドでぐっすり眠ってお仕舞いになっているのを涙ながらにこっそり覗く時くらいです。王様凄く大人げないです。
いや………それは兎も角この王様が此れ程真剣且つ鬼気迫った顔付きを可愛い娘たちに(堂々と)お見せになることはそれはもう滅多にないことなのですけれど。
「んで。何か用だって?ケンちゃん」
しかしサクラはとってもリベラルでした。あんまり物事に介意わないのがこの姫の美点です。
そして王様にしても今更そんなことは気にしません。ぐしゃぐしゃに流しっ放しの黒髪にも高貴な身分の方とは思えない真っ白な二の腕も豊かな胸元もばっちり露出した部屋着のままの格好にも今更何も文句も付けず只サクラをじっくりと見据えたまま。謁見のしかも玉座の前ではしたないにも程がある妹姫の服装も流石に姫さまと言えど今上陛下の御前に無礼に過ぎるそんなざっくばらんさをも全くスルーした厳かな声音で王様は一言妹姫さまに宣下なさいました。
「お前の縁談が決まった」
……………………。
えんだん。
思わず「は、演壇?」とかマチガッタ漢字変換をかまして仕舞いたっぷり五秒間固まってから唐突にはっとサクラは我に返りました。
「俺が結婚……か?」
呆然と姫さまが呟きます。「うむ」と王様が重々しく頷きます。
縁談。結婚です。それはサクラにしても王家の姫君です。直系の王女さまです。自分たちの母である御妃さまがそうであったように政略結婚と言う単語と満更縁のない身分ではありません……とゆかぶっちゃけとても凄く一番近い人種です。しかしこの親父が行き成りなんでまたと娘であるサクラにして思わせるくらいにはこの王様は娘可愛さに目が眩んで国を傾けることはあっても逆は絶対にないと娘にして言い切れて仕舞う王様としてそれちょっと如何よとゆーくらいある意味愛すべきある意味うっとーしいタイプの父親でした。取り分け先ず自分はさて置いても姉姫のためなら何時か本当に傾けるんじゃなかろかとサクラは他人事のよーに密かに心配していたくらいです。まぁその時は何気に王様より王様に向いた資質持ちの立派な姉姫が先陣を切って建て直すので結局問題はないとも思っていましたが。
それもまぁ今は物凄く如何でも良くて。
「………っく」
このような宣下は娘愛しの王様にも断腸の思いなのでしょう。今普段の愛嬌が嘘のように厳しく整ったお顔にも終に堪え切れない苦渋が滲みます。
「………許してくれサクラ。行き成りこんな……」
大好きな姉姫のそれと少し似た輝きを持つヒレを力なく項垂れさせてまで震える父王ケンの余りの苦悩振りに行き成り婚姻通達された姫さまの方が狼狽して仕舞います。それはサクラとて驚きましたが此れでも一応王族という身分です。仮令どんなに姫さまらしくしてない(自覚くらいはあります)この自分にだってそういうお話が絶対に来ないという保証はなく。寧ろ王家の直系の姫という身分を考えれば今の今まで欠片もなかったことの方が不思議なくらいだったのですから。
「いや、そりゃあ一応覚悟くらいはちょっとくらい前からしてっけど……しっかし今うちに申し込んで来るよーな度胸ある国ってまだどっかあったか?」
自慢じゃありませんが姫さまの国はもうこの海の国々の全土を統一して仕舞ったと言って過言ではない大きなお国です。海の民にも様々な文化や国がまだまだありますがこの国程にひとりの王様が治めるお国としての力に溢れた大国はもうないと言って良い筈です。必要な政略として双子の姫のどちらかと申し込まれれば確かに自分が出されることくらいは自覚と覚悟をしていたサクラでしたがそれ以前に政略結婚とは言っても今更何処かの小国が王子を差し出すようなことはあれども態々姫が出向く程の価値のある政略自体が既に成立自体しようがなさそうなのもまた確かな事実でした。
「確か唯一最後までうちと張ってた南の號坐も代替わりで弱くなったばッかだろ。あそこの跡継いだのって好戦派の親父と違って穏健派だったしそもそも既に正妃持ち」
この海の世界ではもう次々と頒属。若しくは同盟を結ぶ中唯一。南隣に広がる號坐というお国は最後まで意気揚揚と姫さまのお国を狙っていた軍事国家でした。しかしそれも二年程前に頑健と勇猛を以って知られた王さまとお父君に良く似られた長兄太子さまを流行り病によって相次いで亡くされ。温厚で少し身体の弱くあられる弟君さまが跡を継いで国風そのものが随分変わったばかりです。
此れはずばり芳紀十七歳にして既に国情安泰に王様と同じくらいの情熱を傾ける姉姫さまの実利的趣味に付き合っていたお陰ですが何気に国政にも詳しかった妹姫の私事を廃した実に全く率直な事実指摘に王様は更に苦渋を通り越して苦しみの呈です。
「いや…號坐どころやない。如何しても断れん相手からの申し込みなんや……それもどーしてもお前やないとチャラにしたら……いやいや先方が直々にお前を名指しでな」
「………?」
一部不穏な台詞が混じったような気がしないでもない父王様の台詞にサクラが僅かに眉を潜めた時です。
「つまり君は俺の国の妃になるんだよサクラ」
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