繰り返し。
繰り返し思い出す。残されたひとつの言葉がある。
酷い言葉。
お前に等理解る筈がない。
お前に理解る筈がない。
理解るわけがなかった。
残された言葉。
リピート―――――リピート。
繰り返し―――――繰り返し思い出す。
遺された。
もう。
……………………それだけしかない。
光の溢れる庭に咲いた純白の花が瓏たけた香りを燻らせ甘い風は全身に絡みながら通り過ぎる。此処は閉じ込められた夏の揺籠。
どうしようもなく。
留められないものを葬るために用意された葬送の箱庭。
柔らかな花弁が淑やかに蹲る大輪の花。揺れるマグノリア・グランディフローラ。花を付けるのに凡そ十五年という時間を掛ける大樹の濃密な芳香。…………匂やかに香る。
偽りの生命を輝かせて。
マ グ ノ リ ア の 丘
『――――――泣かないで』
その子供は理解出来ない言葉を喋った。
『泣かないで欲しいんだ』
罵伽なことを。
『…………子供、俺の何処を見たらその言葉が出て来る』
勿論泣いて等いなかった。ふん、と一瞥を与えれば自らの目が乾いていることは理解りきっている。
そもそもこの身はそのような概念すら持ち合わせてはいないのだ。
『大体俺が何なんか、先に言い当てたんはお前やろ。子供』
故意に、その子供が嫌った呼び方をする。顰められた眉の下、それでも此方を見る。眼差し。
此方を見る。真っ直ぐに。そんな風に見る者があるか、と心中で毒吐いても。………この躯。涙等、そんな概念すら持たない。目の前の子供とは全く違う。
元より無より発生し。存続するだけの肉を持った幻に近い永久機関だった。
そもそも。唐突に自分は在った。
何時からなのか知らない。何処からなのかも知らない。只、気付けば自分という意識が在った。明確に意識としての個体を認識してから更に時間だけが経っていた。
明らかに周囲と異なった在り方をする身は何時の間にか神の座に祭り上げられ何時しか現実に干渉する権力までもが手の中にあった。異物としての身は奉られることで表世界から封殺されたが代償に闇世界を渡る方法が捧げられた。他に同じ在り方をする意識がない故に自分は唯ひとりで全てだったが人間は実に上手く群れとしての個体を保って行く。
異なるものであるが故に其処へは入れず、単体で勝る能力を有するが故に神と名付けられることで其処に封じられる。
現実に神なるものではなかったがさりとて決して同じものであるとも言えず定まらない境界とは裏腹に定義のみは明確に引かれ何時しか其処に在った。
ゆっくりと移り変わってゆく周囲は常にぼんやりと霞んでいて。
だから本当に意味が理解らなかったのだ。
お囃子が聴こえたので神殿から出た。陽が傾いて、赫くなり掛けた空を見上げて不意に陰の性が外を見たがったのかもしれない。騒ぎは嫌いだったがどんな気分かその日は賑やかしを眺める気になったのだ。その頃にはとうに存在としての自由は兎も角も既に自分という身体は封じられる対象ではなく、自らを奉る人間を逆に操ることさえ出来るようになって久しかった。
だからほんの気紛れに。傍仕えの巫女に銀の帯を結わせ紅緒の下駄を突っ掛けてほんの気紛れに、ふらりと降りた久方振りの人里だった。
祭の喧騒から離れた辻で黒い紬の浴衣を着た子供と会った。親からはぐれた子供だ。幼い仔だったが道は知っているのか取り分け慌ててもおらず、丁度バスか何かの待ち合いの腰掛けに座り地面にはつかない足をぶらぶらさせてひとり暮れる茜を眺めていた。
『子供、ひとりか』
特に意味はなかった。自分もひとりで子供もひとりだった。そのくらいの意味しかなかった。
『あんたこそひとりか』
唐突な呼び掛けと見知らぬ相手に面食らうでも怖れるでもない生意気な言い様がふと面白くすんなりと隣に座った。
夕焼けが藍色に変わるまでぽつぽつと言葉を交わした。屹度あまり神殿から出たことがなかったので子供というものもなかなか面白かったのだろう。
別れる時に脈絡もなく子供が言った。
『祭りの神さんのくせにひとりでいるんだな』
本当に意外なようにそんなことを言われて驚いた。
子供には或いは巫史の才でもあったのかもしれない。長じて後にその時のことを訊いても終にはぐらかされるばかりであったが。
不思議に離れ難く別れて後も続けてその町へ降りた。
如何と言うこともない、普通の家の子供だった。兄と姉がおり両親がいて仲も良かった。友達がいて無闇に愛想をするようではなかったが性根の良い子供だったのだろう周囲から程良く好かれていた。
『その呼び方何とかしろよ』
そう言われたので名を訊いた。魔とも神ともされた身に名は大きな意味を持つ。真名さえ知れば人間くらい容易く支配出来たし現実にそうしたところで痛痒とも感じなかった。
『名なんぞ教えたら使い魔にしてまうぞ』
笑って「すれば良い」と名を告げた。
考えてみれば始めから何処までも可笑しな子供だった。
教えられた名が自分が好んで神域の守りに使う花と重なっていたのを気に入って桜と呼ぶことにした。子供は女のようだと不満を言ったが直ぐに慣れた。
だから本当に意味が理解らなかった。
或る日ひどく真面目な顔で子供が言った。
『あんた笑わねぇのな』
変な言い方だった。子供に会ってこの方自分は可笑しいくらい笑ってばかりいたからだ。
『泣いてばっかだ』
何を言うかと思ったしそう言った。
『最初の時からずっと』
此方を見る眸はとても毅い色をしていた。
『あんたは淋しそうだ』
……………………本当に。理解らなかったのだ。
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