さあお食べなさいこれはとびきり甘くて美味しいお菓子

クリーム戦線101

「あ、あの……これは?」
「食べないのかい? 
 それは何の変哲もない、ただの――いや、特別なシュークリーム。
 薄茶色に色付いた皮はあくまでパリッとしっかりしていて、中に詰まったカスタードクリームはとろりと甘すぎずバニラの香りが効いている。サクリ、ふわり、と隙のない連携プレーが舌の上でほぐれれば心は軽やかに舞う蝶のように浮き立ち、優しい卵の味が脳の細胞を活性化させ、最後はすっきりと飽きのこない甘味が切ない余韻でもって締めくくる。食べた者の心を引きつけて病まない、そう、これはの大好きな……
「駅前の、シュークリームですね?」
「そうだよ、君の好物のね」
 メロビンジアンは機嫌良さそうに笑んだ。
「もっとも、わたしの力なら世界中の一流パティシエが作ったシュークリームを手に入れることさえ可能だが……君はこれがいいと言う」
「どーせ貧乏舌ですよっ」
「ともかく、せっかく君のために買いにやらせたのだから、食べたらどうかね?」
 そう言われて、もそうだと納得するのだが……何故か手が伸びない。
 こうして眺めている間にも、シュー皮は刻一刻とふにゃふにゃになり、出来立ての美味しさを保てないというのに、芳しく鼻腔をくすぐるカスタードの匂いに、早くも口に唾が溜まり始めているというのに、それでもやはり食べる気がしない。
 原因は恐らく、ニコニコと嬉しそうな笑顔を両手の甲に乗っけて自分を眺めている上司。
 ――おもっくそ、怪しすぎる…!
 はこめかみに一筋冷や汗を垂らした。

「どうしたのかな、? 紅茶でも欲しいのかね?」
「え、いやー、あはははは……あの、なんであたしだけに?」
 の言葉に、メロビンジアンはひょいと肩を竦ませて見せる。
「いや、最初は妻に――パーセフォニーにやろうと思っていたんだがね。彼女はダイエット中だから食べたくないらしい。
 捨てるのは少々勿体無いし、そして君の他に可愛い菓子を好みそうな女性はこの城には居ない……Q.E.D.(証明終わり) 簡単な推理だろう?」
「あ、そうなんですか…」
「それとも、君もダイエット中というのかな?」
「え、いやそういう訳じゃ……」
「じゃあ」お食べ?
 瞳でそう促されて、はどうしようか、と必死で言い訳を巡らせ……



コンコン
「ボスー、ちょっといいですか?」
「後にしろ……」「ツインズその1! 丁度良いところに!!」
 開かれたドアに瞳を輝かせ、、は彼の口に……

「はい、あーん」
「もがっ!?」

 シュークリームを突っ込んだ。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 ツインズその1がシュークリームを完全に嚥下するまで、(とメロ)は沈黙を保ってじっと彼を見つめ。
「あれ? なにもなんない?」
「いきなりなにすんだよ」
 口の端に付いたカスタードを指で拭って舐め取りながら言う彼には、特に異常は見当たらない。
 確かに何か変だと感じたというのに。は首を傾げた。
「いや、ちょっと……」
 ごめんね、と続けようとした彼女の遥か上の方から、ツインズが言葉を降らせる。

「オレはプログラムなんだから、こんなソース効かないぜ?」

「え?」
 その言葉に、は思わずメロビンジアンを振り返った。
 と、彼はやはり笑顔だった――何故か冷や汗かきまくっていたが。



「メ〜ロ〜ビ〜ン〜ジ〜ア〜ン〜さ〜ま〜?」
「は、はっはっは、まあまあ、一種のお遊びだよ、!」
「何がお遊びですか媚薬盛るつもり満々じゃ……ぐえっ!」

 座った瞳で上司に詰め寄ろうとしたアオイの首を、誰かがガッシと腕を回して締めた。
「な、何すんのよあんた!」
「いやー、がそんなにオレに媚薬盛りたかったとはねー。オレはいつでも準備O.K.なのに♥」
「は!? ちょ、ちょっと何言ってんのよその1!!」
 頬を寄せて話しかけられて、は内心非常にビビった。小柄なアオイと、やたらデカいツインズの体格の差から、背中から抱き締められたようなこの体勢では、彼女はすっぽりと腕に収まってしまう。
「何考えてんだこの万年発情期男わ!!」
 ちょっぴり身の危険を感じて、必死に脱出を試み、もがく。  が、はっきり言って無駄な抵抗に近い。そんな彼女を楽しそうに見下ろして、

から誘ったんだろ?」
ちゅっ

「のああああああ!!!」
 耳にキスされて鳥肌全開のは、躊躇なくツインズの脇腹に肘鉄を喰らわせる。彼は身体を透けさせて攻撃を避けたが、その隙には彼の傍から逃げ出した。

「気色悪いことすんなこのクラゲお化け!!」
「なんだよー、がヤりたいって……」「そりゃアンタの妄想だーー!!」
 ニヤニヤ笑っているツインズは明らかにをからかっているのだが、ここで否定しておかないと本当に襲われそうで危ないので力一杯ツッコミを入れておく。(どれだけ効果があるかは分からないが)



「ところでボス…ってあー!!!」
 ちょっぴり所在なさげに二人の事を観察していたメロビンジアンに向き直って――その脇でモゴモゴシュークリームを頬張っているツインズその2を発見した。
「ちょっとアンタ!! 何一人で喰ってんのよ!」
「だって、喰わないんだろ? オレこんなの平気だし」
「そりゃ食べらんないけどっ!」
 予備のシュークリーム(6個入り)を、さも美味しそうに食べているツインズその2。(彼らは甘党だ)
 例え食べられないとしても、大好物を目の前で食べられる屈辱――は思わず、彼の手からシュークリームを奪った。
「だからってなんであたしの前で食べるのよ!! 酷いわその2! デリカシーないの!?」
「それ、意味分かんないから」
 ツインズは慌てず騒がず、の手からシュークリームを奪ってその1の口に放り込んだ。
「むぐっ!(またかよ!)」
「オレはこっちでいいや」
 楽しそうに口元をゆがめて、彼の方はの指ごと付いたクリームを口に含んだ。
「!!!!」
 はすかさず空いている左手でパンチを繰り出したが、
「おっと」
 ひょいとよけられてしまう。

「あー甘かった」
「お前、なにしてんだよ」
「お前だってさっき色々イイコトしてたじゃん」
「お前達、なんなんだ急に! 最初にを呼んだのはわたしだぞ!?」
「ボス、独り占めはずるいです」

「あーんーたーらー!!!」
 さっきからひたすら自分を無視した都合のいい男どものやり方に、はとうとうプッチンした。



「ボスッ! ちょっと今からわたしたち外出しますから!!」
「へ? 何処へ?」
「駅前のケーキ屋さんです!! ほら、アンタ達、行くわよっ!!」
「え、なんでオレらも?」
「アンタ達は財布とアシ! わたしが満足するまで奢らせるからね!」
「えーーー!?」
「ゴチャゴチャ言うな! 二人が悪いんだからね!
 あ、ボス、この話パーセフォニー様にチクるんで覚悟しておいて下さい」
「な!? 、ちょっと待ちなさい……」
「んじゃ行ってきまーす!!」
バタンッ
「こら、ー!!」





 そんな感じでメロビンジアンはパーセフォニーに怒られまくり、ツインズは財布を空にされて涙することとなる。
 教訓:お菓子も悪戯も、ほどほどに。
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