スイートスイートドラッグストア

「ねえ、ウォンカさん。ちょっと寄り道してもいい?」
 真白い綿菓子のような息を吐きながら、少年は傍らの大人を見上げた。
 彼が大きな大きなチョコレート工場を継いでから、もう一ヶ月余り。今日はウォンカと二人、町に買い出しに来ているところだった。
 本当はそんなことしなくたって、有り余る財産で工場内に町を作る事だって可能なのだ。
 でも、堅実なバケット家はそんなこと望みはしなかった。
 ただちょっと足を伸ばせば、生活に必要なものは買える。そして、大金持ちになった今も、チャーリーは母親を手伝ってお使いに行くのが大好きときている。

 ただし、そんなにお使いが好きでない人もいるのだけど。

 問われたウォンカは落ち着きなく辺りを見渡すと、両手に下げた不格好な買い物袋をギュッと握りしめた。
 バケット夫人お手製の年期のこもった、素直に言えばボロボロの袋だ。帽子の先から靴の爪先までピカピカの、ただしちょっと型遅れの服を着ているウォンカに、その袋は似合わない。
 彼は後生大事に荷物を抱きかかえると、ゴホンゴホンと偉ぶった咳をしてみせた。

「お好きなように! チャーリー。でも僕が風邪を引く前に、用事を終わらせてくれたまえよ」
「ありがとうウォンカさん!」
 大きい友達の返事を聞いて、チャーリーはこっそりと笑いを噛み殺した。
 王様みたいに立派なマントを羽織っておいて、風邪なんか引くもんか!ただ、十年間も工場に閉じこもっていたウォンカは、外を歩くのが怖いだけなのだ。
 ぴしゃんと背を伸ばしてはきはき歩く彼が、小さな少年の足跡を律義に辿っているなど、チャーリーにはお見通しだった。
 そんな彼を好ましく思うから、そして自分以外の友達を増やして欲しいから、わざと回り道している事をウォンカは気付いているのだろうか?

「大丈夫、すぐそこだから」
「やあ、それはありがたい」
 二人は連れ立って、小さな薬局のドアを潜ったのだった。



チリンチリン
 シャーベットのように冷たい外の風とは打って変わって、店の中は暖かかった。チャーリーは、マフラーでしっかり固めた襟元を少し緩める。
 対照的に、ウォンカは警戒心むき出しでジロジロと並んだ商品を眺め回していた。
「いらっしゃいませ!」
 不意に、明るい声が響く。驚いたウォンカは、ヒッとその場に凍りついた。
 その脇をするりと抜けて、少年がカウンターに駆け寄る。

「お姉さん!」
「あら、チャーリーじゃない!」
 店番をしていたのは、二十歳になるかならないかの若い女性だ。
 特に美人という風にも見えないが、こざっぱりと感じの良い娘である。どんなビターチョコレートよりも苦そうな色の髪を、頭の天辺で結い上げている。ちょっと上向きの鼻の頭に芥子の実のようなそばかすを散らし、ウォンカ印の一番大きな飴玉ぐらい大きな目を、驚きと喜びにくるくる回した。
「元気だった? もう随分会ってないわよね――まあまあ、背がちょっぴり伸びたんじゃない?」
「遊びに来れなくてごめんね。ちょっと、色々あったから」
 大人ぶって顎を上げて見せる少年に、彼女はクスクスと笑い声を立てる。
「そりゃそうでしょう! だってあのウォンカのチョコレート工場を継いだんですもの!
 という事は、あなたがウォンカさんね?」

 パッと娘の顔がこっちを向いて、ぼんやりやり取りを聞いていたウォンカはしどろもどろした。チャーリーが、彼の袖口を引っ張りながら助け船を出す。
「そうだよ、彼がウィリー・ウォンカ! 世界一のショコラティエさ」
「まあ、やっぱり。一目見た途端分かったわ、だってチャーリーが言ってた彼とそっくりだもの……」
 と、ここで何かを思い出して、彼女はプッと吹き出す。
 チャーリーと顔を見合わせ、ニヤニヤ笑うので、仲間はずれにされたウォンカは随分ムッとした。

 何だろう、この娘は!
 スフレのようにスカスカの中身の足らない頭で、このウィリー・ウォンカを笑いものにしようって言うのか。冗談じゃない!
 チャーリーも、もう少し付き合う相手を考えた方がいいだろう。

 怒りと部屋の熱さに、青白い顔をほんのり頬を上気させたウォンカは、ピカピカの靴で地面をトントンとヒステリックに踏んだ。
「そのチョコレートのマジシャン、ウィリー・ウォンカを、何だってこんなちっぽけな店に連れてきたんだい? チャーリー。こんな全く面白みがなくて、つまらない、味の抜けたガムみたいな店にさ!」
「あら、上手い事言うのねウォンカさん」
 娘は、予想に反してコロコロと楽しそうに笑った。
 当てこすりの当てが外れて、ウォンカは少し拍子抜けする。

 なんだなんだ、スフレ頭じゃ嫌みも通り抜けちゃうって言うのかい? ますますいけ好かない小娘!

「違うんだよ、ウォンカさん。この店はね、僕がゴールデン・チケットを当てた店なんだ」
「そうなのよ! 今思い出しても興奮しちゃうわ、チャーリー!」
 彼女の瞳は、熱を持ってキラキラ光った。それがちょっと珍しいピンク色だと気付いたけれど、未だご機嫌斜めのウォンカはフンと鼻を鳴らしただけだった。
「それはそれは! で、次は『そのチョコを選んだのはわたしなのよ!』と来る訳かい、お嬢さん」

 ぞっとするほど完璧に声真似をしてみせたウォンカを、さすがにチャーリーが驚いて見上げる。人嫌いはいつもの事だけど、普段はこんなに攻撃的な言い方をしないのに。
 気を悪くしたんじゃないか、とチャーリーは慌てて彼女に視線を移した。
 樫の木のしっかりしたカウンターにちょこんと肘を付いた娘は、二人に見つめられて、大きな瞳をぱちぱちと瞬いた。


「それは違うわ、ウォンカさん。もちろん、チャーリーが自分で選んだのよ! だって、この町一番のラッキーボーイだもの」
 ねえ、チャーリー!そう言って微笑む娘からは、怒りの欠けらも見当たらない。
 またまた肩透かしを喰らって、ウォンカもぱちぱちと瞬いた。

「ねえ、ウォンカさん。一つ提案があるんだけど、言ってもいいかしら?」
「え、ああ――どうぞ」
 まだ混乱しているウォンカは、上手い断りの文句を思いつかずに、娘に発言を許してしまう。彼女は嬉しそうに、いちご飴のような色の瞳を輝かせた。

「もしよかったらなんだけど、またあのゴールデン・チケットみたいなチョコを売ってみたらどうかしら? もちろん、工場に招待しなくたっていいのよ――何か、ちょっとしたおまけが当たるみたいな板チョコをね!
 あのチョコを売っていた時、子供たちの目は皆揃ってキラキラしてたわ。自分のチョコにチケットが隠れてるんじゃないかって、期待と興奮ではち切れそうだった!
 そりゃ、今回みたいにずるしてチケットを集めた子もいるけれど……」
 彼女は後ろめたそうに口をすぼめ、でもね、ともう一度仕切り直す。
「あのワクワクした気持ちをチョコと一緒に売るのは、わたしも随分楽しかったのよ!」


 まあ、わたしは経営の事はさっぱりなのよ。とりあえず言ってみただけなのよ、と言い分けがましく前おいて、彼女はパチンと手を叩く。
「さあ、折角遊びに来てくれたんだから、チャーリーに何かプレゼントしなくっちゃ!」
「わあ、いいの? お姉さん!」
「もちろんよ! わたしとあなたの仲じゃない。さあ、今日は何にする? チョコにタフィにボンボンに……」

 言いかけて、あら大変、と彼女は口を押さえる。風船ガムの弾けてしまった、小さな子供みたいに。
「まあ、わたしったら馬鹿ね。今はあなたはチョコレート工場の持ち主なんだから、わたしがあげる物は全部持ってるんだったわ」

 ええと、他に何かあったかしら?
 いくつもの小さな引き出しをパタパタと忙しなく開け閉めする娘に、チャーリーが声を掛ける。
「待って待って! いいよ、いつもの板チョコで。この、『ウォンカのめちゃうまチョコ』! 僕、これが一等好きなんだ」
「でも、いいの? こんなので……」
「もちろんだよ、お姉さん。だって僕が選んでいいんでしょう?」
 そう言って茶目っ気たっぷりにウィンクする。
 彼女はまだしばらくまあまあまあ、と呟いていたけれど、早速包み紙を破り出した少年に、やっとにっこり笑みを浮かべる。
「ありがとう、チャーリー!」
 カウンターから身を乗り出して、真ん丸の頬に音高くキスを贈る。チャーリーはくすぐったそうに赤くなって、ウォンカはギョッと目をむいた。

「ウォンカさん、あなたもどうぞ、選んでちょうだい!」
 コークがいいかしら、それとも雑誌?
 指し示されたそれらを横目でチラリと見て、狭い店内をぐるりと見渡して、勢いよく鼻息を吹き出しながら選んだ品を突き出す。
「あら、あなたもチョコレート?」
「生憎と、僕の板チョコ以上に魅力的な物はこの店になさそうなのでね」
 おごりのチョコの包み紙を破りながらウォンカが偉そうにそう言うので、娘と少年はおかしそうに目配せしあった。実際は、頬にキスされるのが怖くて急いで破っていただけなのだが。

 自分のロゴの押された包み紙と銀紙を毟り、厚紙を取り出してぱきりと噛り取る。
 もぐもぐと無言で頬張っていた顔が、ん?と、突如不機嫌に歪む。
「これは……僕のチョコの味じゃないぞ!」
「ええっ!!」

 思いも寄らぬ一言に、思わず目を剥く二人。チャーリーは急いで、自分のチョコバーを噛る。
「いつもと同じ味に思えるけど……」
「いや、絶対違う! こんな味じゃなかった!」
「管理の仕方が悪かったのかしら……」
「僕には同じに思えるんだけどなぁ」

 慌てふためく二人を尻目に、ウォンカは苦虫を噛みつぶしたような顔で自分の板チョコを噛る。
 絶対おかしい。こんなはず、あるもんか――自慢の滝でかき混ぜた僕の甘くてふわふわのチョコが、どうしてこんなに甘酸っぱいんだろう?



「おおーい、新聞をくれんかね…?」
 それから五分後。
 いつものように新聞とコーヒー豆を買いに来た靴屋のおじさんは、てんやわんやの薬局のせいで、財布を握りしめたまましばらく待たされる事になる。
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