相互理解不可能

 肖像画の裏の穴を通り抜けて談話室に入ると、そこは馬鹿騒ぎの真っ最中だった。

「あ、セブルスー! 何処行ってたのさ、来い来い!!」
 騒ぎの中心からちょっと外れた暖炉の前の席で、手招きしてセブルスを呼んだのは。右手にはバタービールの大ジョッキ、左手にはパンプキン・パイの大きな一切れを持って、楽しくてたまらないという笑顔でこっちを見ている。
 そんな彼女を見て、セブルスは天文学のレポートも図書館で仕上げてくればよかった、と思った。こんな顔をしている彼女には、絶対近寄りたくない。
 わざわざ暖炉を迂回して部屋に戻ろうとしたが、

「はい、これやるよ!」
「相変わらず顔色悪いわね、あんた」
「その上付き合いも悪いな!」
「おい、やめろ! 迷惑だ!!」
 途中の人波に押され押されて、結局暖炉のソファに身を沈める事となった。

「おっほっほ、お帰りセブルスく〜ん!」
「悪夢だ……」
 居心地のいいソファにぐったりと身を預けて、セブルスは毒づいた。抱えていた本の上にはどっさりと菓子の山が出来て、いつの間にかジョッキさえも握らされている。
「狂ってる……」
「うふふ、本当に陰気ね、あんたって!」
 何が嬉しいのか知りたくもないが、は上機嫌でケラケラと笑った。ギロリと睨みつけるが、堪えた様子もない。更にニマリと笑みを返されて、セブルスは「ふん」と鼻を鳴らしてジョッキの中身を啜った。



「セブルス、また図書室に篭ってたんでしょ? 何で来なかったのよ、最高だったわよ!」
「興味が無いからだ」
 今日はスリザリンとレイブンクローのクィディッチ・トーナメントの日。両軍の生徒はおろか、他寮の生徒や職員も皆出払って、グラウンドで試合を観戦するのだ。
 その動きに逆らって図書室で本を読むような馬鹿者は、セブルス・スネイプ以外にはありえなかった。(彼に言わせれば、“絶好の機会”であるのだが)

「たまにはお日様に当たらないと、壊血病になるわよー」
「それはビタミンCだ!」
「ま、セブルスに足りないのはビタミンじゃなくてカルシウムよねー。あはは、おっかしー!」
 そう言って一人でウケて、はジョッキを一気に飲み干した。
「ぷはー、お代わりっ!」
「お客さん、良い飲みっぷりだねー」
 調子を合わせた寮生が、笑いながら新しいジョッキを押しやった。ありがと、と笑い返して、更にジョッキを煽る。三分の一ぐらい、容量が減った。
「お前……酔ってるのか?」
「ん? 酔うわけないじゃーん☆ これノンアルコールよ?
 酔うとしたら、そうねぇ…勝利に酔いしれているのよっ!」
「おっ、良いこと言うな!」
「当たり前よ!」
 おほほほほっと高笑い。やんややんやと周りの生徒がはやし立てる中、は笑顔を振りまいている。銀の髪が、暖炉の火でキラキラと輝いた。
 感情の起伏がやや激しいが、それは“情熱的”という言葉で上手く片づけられる。(言葉って、便利だ)すらりとした体つきと思いきりの良い行動、加えて“まあ悪くない”器量の持ち主であるは、スリザリン寮の人気者だ。

 セブルスは一層騒がしくなった周囲にうんざりして、ソファに隠れるように小さくなった。なんでこの場に自分がいるのか、検討も付かない。きっと飛び抜けて浮いていると思う。
 元より、こういった馬鹿騒ぎの類いは嫌いだ。一人静かに本を読んでいる方がずっと効率的だし、性にも合っている。対して、彼らはこうやって浮かれているのが好きなんだろう。理解は出来ないが。
 互いにそれで満足なのだから、そっとしておいてほしい、と力一杯そう思った。



「よう、スネイプ! お前今回も来なかっただろう、この罰当たりめ!」
 何時ここから逃げ出そうか、と機会を伺っていた彼の肩を、思いきり叩いた不届き者が居た。
「ぐっ…!」
「ギル! 今日のあんた、最高にクールだったわよ!」
 いえーい、とは今し方来た男と腕をぶつけ合ってガッツを讚える。彼は確か、クィディッチ・チームのキャプテンだったから、やっぱりこの馬鹿騒ぎは祝勝会なのだろう。
「だろう? 俺も今日は最高にイカしてたと思うぜ!」
「特に、あのレイブンクローの鼻垂らしにタックルを喰らわしたとこね! 思わずあたしも箒に飛び乗って参加するとこだったわ!!」
「わっはっは、いーなそれ! 今度絶対やれよ! がいたら100人力だぜ」
「オッケー任しといて☆ 補欠足りなくなるまでぶっ飛ばしてやるわ!」
「…………」
 頭上で交わされる物騒な会話に、何時からクィディッチに格闘ルールが加わったのか、とセブルスは思った。伝統的にスリザリンは粗っぽいプレーで有名なのだが……
「(こいつがチームに入ったら、死人が出る)」
 確信するセブルスなのだった。

「来月はいよいよグリフィンドール戦ね…策を練らなくちゃ!」
 お前はチームじゃないんだから、策も何もあったもんじゃないだろう、とは思うが口には出さない。理由は一つ、面倒くさいからだ。
「ほらほら、セブルスも考えてよ! なんか、面白いのない? ぶっ掛けると箒が暴れる薬とか、自殺点入れまくる薬とかさぁ」
「そんなもん、あってたまるか!」
 しかも思いきりルール違反である。その点を指摘すると、は何とも楽しそうにニヤリと唇を釣り上げた。
「馬鹿ねぇ、違反なんて、審判にばれなきゃいいのよ!!」
 ……ここはスリザリン。スポーツマンシップや、ファインプレーなどといった言葉は、元から存在しないのだ。

「そういえば、お前ポッターと親しくなかったっけ?」
「ん? まーねー」
 ギルバートに問われて、は頬を掻いた。
 彼女はスリザリンの癖に、エヴァンスとお茶したり、ポッターとどちらが多く爆弾を仕掛けられるかを競ったり、ブラックと抜け道を探したり、ルーピンとチョコを買いに行ったり、ペティグリューにちょっかいを出したりしている。
 要するに、結構仲がいいのだ。
「でもそれとこれとは別次元よ!! 勝負とはいつでも厳しく残酷なものなのよ! 友達とかそーゆーのは関係ないわ、そうでしょ、ギル!」
「まーそうだな。お前がいいなら、いーんじゃねーの?」
「ギッタンギッタンにのしてやって、悔しそうな奴等の顔を肴にバタービールを飲み干すのよ!」
「ああ、来月が楽しみだぜ!!」
「…………」
 間違いなく、心の底から、彼女はスリザリンなのだった。
 胸元を飾る揃いのネクタイを、時折思いっきり締め上げてやりたい、とセブルスに思わせるぐらいに。



「もう、疲れた。僕は部屋に戻る」
 お誰か呼んでるから俺もう行くわーじゃーねーギルまったねー
 そんなような内容の会話でクィディッチチームのキャプテンが去ってから、セブルスも部屋に引き上げようとした。自分の荷物の上に積まれた菓子の類いを、机の上に無造作にほうり投げる。
 床に落っこちそうになった箱の一つをおっと、と受け止めて、はつまらなそうに口を歪めた。
「本当付き合い悪いわね、セブルス。もうちょっと居なさいよ。折角うちの寮が勝ったんだから……あ、ゴブストーンでもやる?」
 わたし得意なんだけど、とゲーム盤を引き寄せるのを、セブルスが止めた。
「いい」
「じゃあ、チェス? あんた得意よね、確か」
「いらんと言ってるだろうが」
「何でさ」
 いらいらしながら首を振ると、彼女はアイスブルーの瞳を丸くした。妙にしつこくて鈍感な彼女に、セブルスは更なる苛立ちを感じた。

「別にスリザリンがクィディッチの試合に勝とうが負けようが、僕には関係ないだろう。放っておいてくれないか!」
「あら、何言ってるのよセブルス。寮の合計点がグリフィンドールに負けたら、二番目にムカつくのあんただと思うけど?」
 もちろん、一番ムカつくのはあたしよ、とが鼻をつんと上げる。首の動きに合わせて肩に垂らした銀髪がさらりと揺れて、暖炉が照らすオレンジの光に染まった。
「クィディッチで勝ったら50点貰えるのよ? ギルならグリフィンドールもぶちのめしてくれるかも知れないし」
 クィディッチ、クィディッチと何度も同じ単語を口にする彼女が、肩を揺さぶりたくなるほど腹立たしい。
「興味が無いと何度言わせたら分かるんだ!」
「何、怒ってるの? セブルス」
 彼の怒りなど物ともせずにがクスクスと笑って、急にぐいとセブルスの鼻先に何かを突きだした。

「もがっ!?」
 否、口に何かを突っ込んだ。

「あたしが思うに、あんたに足りないのはカルシウムじゃなくて糖分だわね。そのしかめっ面、チョコを食べても直らないわけ?」
 が自分の眉間をつついて示した。その人を食った表情と、口に突っ込まれた蛙チョコの甘ったるいカカオと砂糖の味に、セブルスは顔をしかめた。
 すぐさま吐きだしたかったが、生憎紙もハンカチも杖もすぐに出せなくて、仕方ないから急いで飲み込もうと口をモグモグさせる。
 怒った顔をしてチョコを食べているセブルスを見ていては、の忍び笑いが止まるはずもなかった。

「ほら、足がはみ出てる」
 そう言っての指が無遠慮にセブルスの唇を割ったので、彼はびっくりして一瞬口を動かすのをやめた。
 蛙の後ろ足を薄い唇に突っ込んで、は機嫌良さそうに微笑った。
「お、まえは、何を……」
 ようやくチョコの塊を飲み込んで、戸惑いながらも彼女に文句を言おうとすると、銀髪の少女はニコニコして逆に顔を近づける。

「ね、美味しかった?」
 ふざけるな、と怒鳴るつもりが、気圧されていた。
「……酔っているのか?」
「酔ってないって…たださぁ、」
 パチパチと瞬きをする長いまつ毛がすぐ目の前にあって、セブルスはくしゃみしたくなった。


「セブルスも楽しければいいなぁ、と思っただけ」


 余計な世話を。
 そう言おうと思ったら、今度はパンプキン・ジュースを無理矢理飲まされた。
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