北風とスカート

 石床で出来た下駄箱は、北風が入り込んでとても寒かった。
 コートとマフラーの重装備の上からも、遠慮なく冷気が忍び寄る。最も、一番寒いのはニョッキリと惜しげなくさらした生足、なのだけど。
 ――あー冬だけ男の子になりたい。ズボンなんだもん…!
 はジャージの詰まったビニル製のバッグと通学鞄をギュッと抱え、手早く靴を履き替えた。

 と、隣の列からひょっこりとオレンジ色の頭が突き出す。
「あ、」
「おっ」
 何度先生に咎められようとも地毛だと言い張るこの髪の色。
 忘れもしない、隣の席の千石清純だ。

「なんだ、も今部活終わったとこ?」
 偶然だね、いやラッキー!と彼はニコニコとのたまった。
 大きなラケットケースと膨れた通学鞄を背負って、清純はいつもの二倍も嵩張っている。

 一体あのケースには、何本ラケットが入っているのだろうか、とがのんびり考えていると、彼は急に
「そうだ!」
 どこぞの御曹司のように、パチンと指を鳴らした。

「ちょっと、来て来て!」
「へ? な、なぁに?」
 清純は大荷物を抱えたまま、ひょいひょいと階段を昇って校門を潜り抜けた。
 一体何を思いついたのだろう?呼ばれるままについつい釣られて、もその跡を追いかける。


「早く! 信号変わっちゃうよーん!」
 彼が向かったのは、学校のすぐ向かいにあるコンビニエンス・ストアだった。

「ちょっと見張っててね」
「えっ!」
 肩をポン、と叩かれては固まった。
 だって大抵の中学校がそうであるように、山吹中も帰宅途中の買い食いは禁止なのだ。
 とは言っても、部活をみっちりやればもう夕飯時。育ち盛りの腹は悲鳴を上げる。
 だって友達とこっそりお菓子をつまんだことはある。

 でも、だからって、何も学校の真ん前で校則破りをしなくたって!

 先生がひょいと顔を出したら、即座に反省文30枚を申し渡されるに違いない。
 ――けれど清純は止める間もなく、とっくにコンビニの中。
 は落ち着きなくうろうろしながら、しかし裏切ることも出来ずに、彼の買い物が終わるのを待っていたのだった。


「お待たせー」
 自動ドアの駆動音が聞こえ、清純が紙袋を手に店から出てくる。
 ふわり、と暖まった店内の空気がの鼻先を掠めて通った。
 時間にすればわずか三分ほどのことなのだけど、慣れない彼女には三倍も長く感じられた。
「せ、千石くん、先生に見つかったら…」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! は心配性だなぁ」
 オレはラッキーボーイだもんね、と何の根拠があるのか清純は楽しそうに笑う。
「もう、笑い事じゃないよー!」
 さすがのも追いてけぼりを食らった不満をぶつけようとし、

「あ、数学の新井」
「えっっ!」

 ざっと血の気が引く音がした。
 振り返れば道路の向かいに厳格で有名な教師の姿。このままでは反省文は免れない…!
 はギュッとビニルバッグを握り締めた。

「よーし、逃げるぞ、!!」
「な、待って!」
 やけに嬉しそうな清純が走りだす。右手に紙袋と通学鞄、同じ肩にラケットケース。
 そしていつの間にか、左手にの手を掴んで。

 引っ張る手に急かされて、彼女は必死で足を出す。
 右、左、右、左……冷えきった筋肉に、ダッシュがきつい。
 ビニルバッグがずるずると落ちてくるのを、何回も抱え直す。
 ガチャガチャ。
 尻の辺りで鞄が鳴る。
 あちこちぶつかって痛い。
 足はまだ凍るようなのに、マフラーをした首は汗ばんでチクチクする。

 ――だけど、それでも。

 目の前を跳ねるオレンジ頭がちょっとだけを振り返る。
「もっと早く!」
「む、無理!!」
 吐き出す息が荒い。
 髪はとっくにぐしゃぐしゃ。
 寒いのに暑くて、なんか変な感じ!

 ――それでも、なぜか可笑しくて、は笑ってしまうのだ。

「あはははは!」
「げっ、ヤバい、が壊れた!」
「ひどいよ、千石くん!」
 そういう自分だって、すっごく楽しそうなくせに。

 さすがのにだって行き先が分かる。
 角を曲がったら小さな公園があって、そこのブランコに座って二人で肉まんを食べるんだ。
 多分そうなんだ――一言も、「いいよ」って言った覚えはないけれど。



 もう恐い先生は追い掛けてこない。
 でも二人は駆け続ける。角の公園が見えるまで。
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