楽しいお昼のランチタイム

 リーンゴーン、とベルの音が教室中に響き渡る。四時限目終了を知らせる鐘だ。
 その音に目を覚ました柳沢が、ふわぁ、と大きな欠伸を漏らす(古典は苦手なのだ)のを見て、卓上の年配教師は眉を潜めたが、結局何も言わずに教室を出ていった。
「あーあ、慎吾今睨まれてたよ?」
「ゲッ、マジだーね?」
 首を振り振り近づいてきた木更津は、嘘ついてどうするのさ、と頷いた。
「古典、下がるかもね。頑張ってね」
「うう……ただでさえ苦手なのに…」
「そうだったね。ボクは好きだけどね」
 こめかみに冷や汗を浮かべている柳沢を、まるっきり他人事のように見ている木更津。(まあ本当に他人事だが)
「そんなことどうでもいいから、ご飯食べに行こうよ。オレ、お腹空いちゃった」
「(どうでもいいって……)」
 柳沢はちょっぴり凹んだが、コレぐらいで傷ついていたら聖ルドルフのテニス部は務まらない。早く早く、と急かす木更津の後を追って、食堂へと向かうのだった。



「うーん、今日は何にしようかなー」
「えーと……」
 券売機の上のメニューを見上げて、二人はしばし無言で悩んだ。
 ルドルフには弁当を持ってくる学生も多かったが、彼らはこれでもテニス部のためにスカウトされてこの学校に入った、いわゆるスポーツ特待生だ。寮住まいだから、弁当は自分で作らない限りない。そのためお昼は大抵食堂になる。

「……鳥南蛮にするだーね!」
「オレはラーメンに半チャーハンにしようっと」

 めでたく二人ともが決まったところで、食券を求めてカウンターに渡し、待つことしばし。

「はいよっ、鳥南蛮とラーメンね! 多めにしといてやったよ!」
 元気の良い食堂のおばちゃんが、ドンッとトレーを二人の方に押しやった。湯気の立つ丼は食欲をそそる匂いを辺りに振りまいて、柳沢の腹は思わずグゥと鳴った。
「あ、どーも」
「おばちゃん、ありがとうだーね!」
「あんた達は常連だからね」
 ウィンクを投げるお茶目な顔見知りのおばちゃんに、このアヒルっぽい子はどこの方言で喋ってるんだろうねぇ、と思われていることは露とも知らず、彼はウキウキと重たいトレイを掴んだ。

「あ、あそこにいるの観月じゃない?」
「本当だーね!」
 と、同じ部活のマネージャーを発見して、二人はのそのそと机の近くに寄っていった。

「観月、一人で喰うの?」
「(もしかして、友達居ないだーね?)」
「やかましいですよ、柳沢」
 聖ルドルフ学院テニス部の策士は、柳沢の思考を勝手に読み、フンと不満げに鼻を鳴らした。
 柳沢はちょっぴりビビったが、しかし観月は大抵の場合において不機嫌にしてみせるので、二人は勝手に近くの席を陣取る。
「何ですか、あんた達」
「いいじゃん、一緒に食べようよ」
「フン、勝手にしなさい」
 それは彼なりの肯定な訳で。木更津は全く気にせず、はいはいといなした。
 観月はじめ15歳、ちょっぴり照れ屋さんなお年頃♥(しかし周りは堪ったもんじゃない)

「観月は何にしたんだーね?」
「見て分かんないんですか――生姜焼き定食です」
「生姜焼き……」
 それは確かに見事なまでに生姜焼き定食だった。瑞々しいレタスの上に5、6枚乗っかった豚肉は、もちろん生姜の独特なスッとする匂いをくゆらせ、傍らには白いご飯とほかほかのワカメの味噌汁。そして怪訝そうな顔をする観月だ。
「僕が生姜焼き定食を食べることに、何か問題でも?」
「い、いや、別に……何となく、観月はスパゲッティーとかかなーと思ってたんだーね」
 だって、好きな食べ物ビシソワーズとか冷製カッペリーニキャビア乗せとかだし。(ちなみに柳沢はそれがどんな食べ物なのか想像も付かなかった)
「ああ、確かに……
 でも慎吾、あれを見てご覧よ」
「ん?」

 隣の木更津が指さしたのは、さっき眺めたメニュー表。
「生姜焼き定食は、一番値段が高いよ」
「あっ、本当だーね!!」
 謎が解決して、何となく幸せな気分になる二人。良かったね!!



「きみたち……いつまでどうでもいい話してるんですか! 先に食べちゃいますよ!」
 その間放っておかれた観月は、プリプリしながらパキンと割り箸を割った。どうやらさり気に二人を待っていたようだ。(変に義理堅い)
「あ、待っててくれたんだ」
「貴重な時間を損しましたよ!」
「悪いだーね」
 すっかり負け犬根性の染みこんでいる柳沢は、素直に観月に謝った。彼を本気で怒らせると、後が怖いからだ。
 彼も軽快な音を立てて、割箸を割って――

「あっ、綺麗に割れただーね!」
「ふーん」
 真っ直ぐ綺麗に二つに割れた割箸をかざして、柳沢はやたら誇らしそうな顔をした。木更津は見もしないでラーメンをすすっている。
「馬鹿じゃないですか」
 必然的に超半眼の観月に突っ込まれ、柳沢はうっと詰まる。
「で、でも滅多に出来ないだーね!」
「出来たってどうってことないでしょうが」
「そりゃそーだけど……でも、観月は出来てないだーね」
 (割箸ごときで)ムキになった柳沢は、うっかり口を滑らせた。

 しまった、と思ったときにはもう遅く、観月はピタリと口を噤み、凄みのある顔で微笑んだ。(柳沢はこの瞬間、死を覚悟したという)
「…………それはもしかして、僕よりも自分の方が上だと、そう言いたいのですか柳沢くん?」
「うわーうわー!! そ、そんなこと思ってないだーね! 観月!!」
「今はっきりとこの口で言ったぢゃないですかぁっ!!」
「ギャーーン!!」
「うるさいなー慎吾、うどん伸びちゃうよ?」

 木更津だけは平和に、着々と昼食を進めている。
 一息ついてコップの水を飲み、ふと隣のうどんを覗き込む。
 うーんこっちもなかなか美味しそうである。鳥南蛮なんて、そう頻繁には食べないし。
「慎吾ー、一口ちょうだい? オレのも食べていいからさ」
 そして返事も待たずに勝手に食べる。だって慎吾忙しそうだしね、と一人納得しながら。



「全く下らない事に時間を使ってしまいました! ああ勿体無い! 空腹だって言うのに!」
 満足行くまで柳沢をやりこめたらしい観月は、ブツクサ言いながら食事に切り替えた。確かに昼休みは有限で、さっさと食べないと午後の授業に突入してしまう。自分に関係ないので、木更津は“怒っている観月って生き生きしているよなぁ”とか思った。
「観月に勝てる訳ないのに。慎吾、馬鹿だね」
「ううう……」
 もはや何も言えない柳沢は、木更津の要領の良さを羨ましく思いながら、ちょっと冷えてしまった鳥南蛮に箸を埋めた。空きっ腹で喧嘩なんてするもんじゃない。
 ツルツル逃げるうどんを掬って、パクリと口に含む。

「…………辛いだーね!!」
「あ、ごめん。いつもの癖で七味入れちゃったんだ」
 大して悪気もなく、ケロリとした顔で木更津は言い放つ。しかし、うどんはちょっと七味入れちゃった、とかいうレベルではなくやたらいっぱい赤い粉が浮いて見える。木更津、辛いのが好きなんだね!
 反対に辛いのが苦手な柳沢は、そもそも淳、いつの間に喰っただーねとか思いながら、一生懸命うどんをすする。いつものことながら、ツイてない男である。

「辛いの苦手だったっけ、悪かったね。ほら、ナルトも食べていいよ」
 それでも一応罪悪感が有るのか、ちょっと優しい言葉をかける木更津が、丼を押しやる。それを引き寄せてラーメンを掬って、
「ナルトよりチャーシューがいいだーね!」
「チャーシューは駄目。ナルトは、オレ嫌いだし」
「なんだよそれー!!(泣)」
 親切じゃなく、嫌いなもんを押し付けている木更津なのだった。

「木更津くん、キミ、ナルトが嫌いなんですか?」
 珍しくないですか?と観月がきっちり口の中のものを飲み込んでから話しかけてくる。お上品な観月は、そのせいで食べるのが遅い。
「うん。このさー、ピンクのグルグルがなんか馬鹿にしているようじゃない?」
「……そうですか?」
「別にしないだーね」
「じゃ、慎吾食べてよ」
「…………」



「お前ら、まだ喰ってんのか?」
「そういう貴方こそ、まだ食べてないんですか?」
 横から声を掛けてきたのは、一応テニス部部長の赤澤だった。観月の隣にドカリと腰を下ろした赤澤の今日のランチは、カツ丼(大盛り)のようだ。
「おー、弁当忘れちまってよ……」
「……馬鹿澤」
「本当に」
「勿体無いだーね」
「うるさい!」
 うんざりした溜息と共に出された、三者三様のツッコミにバキリと割箸を開く。当たり前だが綺麗に割れていない。それを見て、ハッと鼻で笑う観月(自分のことは棚上げ)
「何だよ、お前!」
「別に、何でも?」
「(……ムカつくけど、言い返したら後が怖い……)」
「あ、赤澤カツ丼かー。いいなー、カツ一個ちょうだい」
「い、嫌だよ! オレのカツだ!」
「シナチクあげるからさ」
「シナチクかよ!!」



 そんな長閑な昼休みは、もう十二分続くのだった。
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