緑と白の縞々

「キバくん、……」

 また、だ。
 横から掛けられた弱い声に、キバは舌打ちしようとし、寸でで止めた。
 苛立ちを示せば彼女がもっと萎縮することぐらい、分かっていたからだ。受動的に組まれたスリーマンセルだったが、彼女の気質を知らぬほど仲が悪いわけでもない。
 しかし、それでも苛立ちは収まらないから困ったものである。

「何だよ、ヒナタ」
「ぁ、な、なんでも……」

 心の内の乱れを悟られぬように、出来る限りの平常心で声を絞りだす。
 が、人の気配に聡いヒナタは、隠しきれぬ怒りを敏感に感じ取ってしまったようで。
ビクリと一瞬肩を震わせると、視線を斜め下に落とした。
 怒りのような強い感情を、ねじ曲げるような真似が出来ないのだ。

 人に触れられたシジミの如く、慌てて縮こまってしまった彼女に、キバは後悔と更なる苛立ちを覚える。
 はっきりしないヒナタの態度は、正直キバの理解の範疇を越えるものであった。
 元々彼はいつも極端すぎるほどに割り切って動き、多少無神経の嫌いのあるほどで、丁度彼女の対極に居るような存在だった。どうしてそこで躊躇するのかが分からなく、むしゃくしゃする。
 付け加えて、またしてもヒナタを引っ込ませてしまった自分が情けなくて腹立たしい。
 こういう性質だと分かっているのに、いつも上手くいかない。シノなどは元から無口なせいもあって、割と上手くコミュニケーションを取れているようだが、せっかちなキバはどうしてもそこまで待ってやれない。

「何か用があんだろ!?」

 もどかしい思いにイライラが高まり、ついきつい口調で言ってしまう。
 ヒナタは案の定、困ったように視線を左右に振り、胸の前で手を組んだ。プレッシャーに押された彼女が、いつもそうするように。

「ご、ごめん……」
「謝れなんて言ってねえよ!」
「ごめ……」

 再び謝罪の言葉を口にしてしまって、ヒナタはハッと口を噤つぐんだ。
 白い瞳が悲しそうに揺れるが、直すぐに伏せてしまったから表情が窺うかがえない。



 ――ああ、もう。

 キバは今度こそ、隠しもせずに大きく舌打ちをした。
 こんなこと、言うつもりなんて無かったのに。
 これが任務なら、持ち前のタフさと機転でどうにかやっていくだろうに、彼女との会話は全く勝手が違う。力で押せば、悲鳴も上げずに潰れてしまうに違いないから。

 そう、きっとヒナタは悲鳴を上げない。
 何も言わずに消えてしまう。

 それがキバにとっての最大の不可解な点であり、最も苦手な点であった。
 今も、傷ついたような所在なさ気な小さな肩を、居心地悪そうに落としているが、それでも伏せられた瞼から涙を落とすことはない。
 弱虫で覇気が無く、すぐ泣きそうに見えて、ヒナタは決して泣かなかった。
 どんなに厳しい修業でもギュッと歯を食いしばって、大きな瞳を潤ませるようなときはあっても、頬に涙を伝わせはしない。悲しそうに縮こまっても、それ以上、何もない。

 いっそ泣いてくれたのなら、限度も分かるというのに。
 ヒナタが己の非をあまりにも認めてしまうから、キバはどうしていいか分からない。
 泣きたいのはむしろ、こっちの方だ。



「違う、そうじゃなくて……謝るなって……」

 ヒナタが顔を上げる気配がしたが、今度はキバが顔を伏せているから、そこに浮かぶ表情を知るのは叶わない。最も、それは多分驚きだろうが。
 顔を上げられないのは、拒絶が怖いから――怖い、だなんて認めたくないが。
 いつになく弱々しい自分の声が素っ頓狂とんきょうに聞こえたが、そこにまで気を回している余裕はなかった。

「言えよ。言いたいこと」

 彼女の家の複雑な事情なんて、彼はほとんど知る由よしもないが、それでも少しは耳にしている。
 家でも同じように、こうして縮こまって、じっと耐えているのだろうか。

「別に、怒ってねえよ」


 本当は。
 もっと優しくしたいのに。
 悲しい顔よりも、
 笑顔を見せて欲しいのに。


「なあ…………頼むから」

 ああ、どうか。お願いだから。

 押し殺した声を、吐息とともに吐きだして、キバはそれきり口を噤んだ。





「えっと、じゃ、じゃあね、キバくん」

 ヒナタは少しの間、戸惑いを顔に浮かべていたが、意を決して細い鈴の音に似た声で、キバに話しかける。

「お、おう」

 内心、キバは飛び上がりたいほど嬉しいのだが、流石に外に出す気はなかった。上擦うわずる声を抑えるのが精一杯だ。

「なんだ?」
「あ、あのね……」










「ズ…ズボンのチャック、空いてるよ……」




     完。




追記。

その頃の第四訓練場。

「……ハッ!!」
「? どうしたのネジ?」
「…………(あ、あの男……よりにもよって、ヒナタ様にぱんつを見せるとは……!!! 露出狂め!!!!)」
「おーい、ネジー?」
「放っときなさいよ、リー。どうせいつもの…」
「(元々馴れ馴れしいんだ、ただのチームメイトのくせにあの犬コロが!! もはやこれ以上、活かしてはおけん!!!)」
シュバッッ
「あ、ネジーー!! どこ行くんだーー!?」
「はあ…………」



 その後、犬塚キバが闇討ちされたかどうかは定かではない
2style.net