Short Short

「――それでね、『さすがにそれは出来ません』って言ったら、上司はこう言うのよ。『大丈夫、君なら出来る。僕は君を信じているよ!』ってね!
 そんなもの、勝手に信じられても困るわ。奇跡なんて簡単に起こりっこないもの。ジェフがおたふく風邪引いた穴埋めに、新米ペーペー若葉マークのわたしが三日以内にプレゼン仕上げて発表させるなんて!!」

 弁論を振るっている最中にすっかり温くなってしまったチャイ・ティーを、一口啜る。カルダモンの香るマグカップの縁を舐めて、目を上げると、手の中のココアをぼんやり回している彼が見えた。
 怒りに任せて愚痴りまくってしまったが、聞いている方はたまったもんじゃないだろう。彼女は首を傾げてマグカップをテーブルの上に戻す。

「ごめん、つまらない話だったわね」
 ううん、という声も精彩がない。なんだか変ね、と彼女はもう一度首を捻る。いつもなら、ベラベラ喋り倒してくるのは彼の方なんだけど。
 ついつい触りたくなってしまう、濃い色の短い巻き毛も、今日はうなだれているようだ。
 というか、実際彼はうなだれていた。背中を丸め、6フィートの長身を窮屈そうにソファに押し込んでいる。それにさっきから、彼女を真正面から見ようとしない。
「具合でも悪い?」
「僕は至って健康さ」
「へぇ? とってもそうは見えないんだけど」

 それにしても、いつでも馬鹿みたいに明るい彼がしょげているのを見るのは、なんだか居心地が悪い。
 仮にも、おしめの頃から顔を突き合わせている幼なじみなのだ。そりゃ、ちょっとぐらい心配だってする。

 出来るだけ優しく、何か聞かせたい事がある?と聞くと、彼は驚いたように彼女を仰いだ。
 ココア色の大きな瞳が、パチパチと瞬きをする。
 ああ、なんてこと。男のくせにわたしの数百倍可愛い顔、しないでちょうだい!

 彼は再びカップを覗き込んで、ボソリと言った。
「……実は、映画のキャストに抜擢されたんだ」
「え、本当?」
 声に不審が出ていたのだろうか、彼は横目でちろりと幼なじみを見た。
「別に、信じてくれなくたっていいんだよ。僕だってまだ信じられないんだから」
「馬鹿な事言わないで! おめでとう、オーリィ!」

 役者の卵として、長年頑張って来た事を家族のように見守って来たのだ。成功を喜ばない訳、ないじゃないか。
 丸テーブルを避けて、向かいに座る彼に抱きつく。
 背中を励ますようにポンポン、と叩いて、両頬に祝福のキスを送ると、腕の中身が僅かに身じろぎした。

「今のうちにサインちょうだいね。有名になったら、わたしなんか相手にしてくれないんでしょう?」
「まさか!」
 やっと明るくなった声のトーンに安心する。なんだ、この話で緊張してたって訳か。
 良かった良かった、と身を離そうとすると、長い腕は未だ背中にしがみついている。

「オーリィ?」
 どうしたの、と囁くと、彼は腕の力を少し緩めて、今日初めてまともに彼女の顔を見た。
 いつもの溌剌とした表情ではなく、迷子のレトリーバーのような頼りない顔つきだ。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何?」



 言葉を発する前に軽く息を吸い込んだ音が、やけに鮮明に聞こえた。
「きみ、僕と結婚する気、ない?」
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