'S WONDERFUL

 ここ最近のわたしの楽しみは、彼を鑑賞することだ。
 特に、三十二時間の完璧違法な激務をこなし疲労で茫洋とする脳みそを煮えすぎたコーヒーで辛うじて働かせながら上司の報告を待つ、拷問のような小休止中ならば、尚更に。



 頬杖で上体を支え、紙コップの縁をなぞりながら、わたしは重たい瞼を辛うじて開けていた。
 すっぴんの顔はむくみ、髪はボサボサだろうけれど、彼はきっと気にしないだろう。職場には、もっと人相の悪い奴らがゴロゴロいるから。

 彼は長い指でドライバーを器用に扱い、小さなネジを外していく。
 つや消し加工を施した作業台に、一つ、また一つと、小指の爪ぐらいのネジが散らばる。
 無骨な機械いじりのはずなのに、彼の仕種は、ティースプーンでお茶をかき回しているような優雅さがあった。
 丁寧に撫で付けた髪が一筋、額に落ちている様なんて、計算しているとしか思えない。白い指先がオイルで黒ずんでいるのが、口惜しい。

さん、お疲れでしょう。少し眠ってきたらどうですか?」
 人が来たら、僕が呼びに行ってあげますから。

 ちらりと一瞬、手元から視線を上げて、穏やかに微笑む。
 これが、わたしが彼を評価する点その二。すなわち、彼は外見だけでなく、中身も花丸満点なのだ。
 徹夜明けで疲れた心臓が、キュンと高鳴り、心不全になりそう。
 はやる鼓動を抑えながら、わたしも笑みを返す。彼ほど魅力的ではないにしろ。

「ありがとう。でも、今寝たら、きっと三日は起きれないわ」
 彼が起こしに来てくれるチャンスには、後ろ髪を引かれるけれど、わたしは大変寝汚いのだ。一度ベッドの誘惑に負けたら、もう絶対、戻っては来ないだろう。
 人を馬のようにこき使ってはくれるが、今の仕事はやり甲斐がある。寝坊を理由に解雇されるのは避けたかった。

 彼は気を悪くしたようでもなく、そうですか、と肩を竦めた。
 ドライバーを握っているのとは反対の、左手で、額に掛かる一筋をさらりと元の形に整える。
 ああ、今のやり方、伝授してほしい。



「じゃあ、彼が終わったら、コーヒーを淹れ直しましょう。それ、もう飲めたものじゃないでしょう?」
 嬉しいわ、と言い終える前に、ずるいずるい、と甲高い声で駄々をこね始めたモノがいる。
 自動思考型戦車の最先端モデル、タチコマの一機だ。

だけなんて、ずるいよっ! ぼくも、ぼくも!」
 ぼくだって疲れたー!と短い前脚を振り回す。
 革新的な学習装置によって、彼はAIとは思えないほどの語彙と感情パターンを備えていた。ヒト型の容姿を持たないにも関わらず、その舌足らずな物言いを聞いていると、本物の子供を相手にしているような錯覚に見舞われる。
 ただ、わたしの事だけファーストネームを呼び捨てるあたりは、ちっとも可愛くないのだが。

「ぼくだって、メンテばっかりでクタクタだもん! ごほーびに天然オイルをくれるべきだよっ、プロトくん」
「メンテナンスは義務だから、『ご褒美』はおかしいよ」
 動くとネジが締められないよ、と彼はとり合う様子がない。そのつれなさに、ますます機嫌を損ね、タチコマはぶつぶつとぼやいた。

「それなら、の仕事だって『ギム』じゃないか。にだけごほーびなんて、横暴だっ! エコヒーキだ!! 機械サベツだぁ〜!」

 何やら話が壮大な方向へとずれはじめたが、再び眠気の波が押し寄せ、うつらうつらとしているわたしには、ツッコミを入れるだけの余裕がない。
 それにしても、この語彙はどこから仕入れてくるのやら。彼らのAIは確かに優秀だが、幾分機能しすぎるようだ。自己学習行動に制限を加えるプログラムには、一体何時間費やせばいいのだろう――そんな事を考えながら、ゆっくりと瞼の力を抜く。



 はいはい、と軽くいなす声が聞こえた気がしたが、確かに聴覚で捕らえたはずの音声信号は、無意識の海へ溶けていく。
 肩の辺りが、わずかに温かい。
 それは誰かの紳士的な気遣いである、と脳のどこかが囁くが、わたしの意識はコーヒーの香りを嗅ぐまで、再構築されないのだった。
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