昼下がりのストーリーテラー

「あ、教科書忘れちった」

 午後の授業を知らせる予鈴の後。
 昼休みで散々になっていたクラスメイトもぼちぼち席に戻ってきて、次の授業の用意を始める。賑やかな歓声も徐々に鳴りを潜め、満腹の腹には気怠い授業を予感させる、ちょっと切ない五分間。

 そんなときだ。
 隣の席の千石清純が、白々しい声を上げたのは。

「あーどうしよ。困ったなぁ」
 そう言ってくせ毛をクシャリと乱す。
 アンラッキーだ、なんていつもの口癖を呟きながらも、ちっとも困った風には見えないのは、なんなのか。

 そんな白い学ラン姿と視線があってしまって、は思わず少々身構えた。

「ねね、ー」
「な、なぁに? 千石くん」
 悪戯子犬のような目で、彼は一見無邪気にお願いした。

「悪いんだけど、教科書見せてくれない?」
「…またですか?」
「うん。ほら、テスト近いから持って帰っちゃってさー」
 あははははー、と能天気に笑う清純の横、は内心頭を抱える。



 別に教科書を見せるのは構わない。
 むしろ隣で良かった、とクジ運に感謝してしまうほどだ。

 しかし、ここ最近の彼の忘れっぷりは尋常でない。
 ほぼ毎日、何かしら忘れているのだ。
 それは資料集だったり、プリントだったり、筆箱だったり、と様々だったが、全て彼女に借りている辺り、新手の嫌がらせじゃないかと疑ってしまう。

「(だって、千石くん借りる相手いっぱいいるじゃない…!)」

 そう、例えば今付き合ってるはずの、隣のクラスの美緒ちゃんとか!



 問題はもう一つあって、それは彼の居眠りなのだ。
 ただでさえ机をくっつけて、先生の目に留まるに加えて、幸せそうに寝こける千石。
 もう当てて下さいと言わんばかりで、つい昨日もが彼の代わりに答えさせられている。しかも、苦手な英語だったりして非常に慌てさせられた。

 以上の理由から、素直にうん、と頷けないなのだった。



「ええっと…」
「……迷惑?」
 再び向けられる茶色の瞳。
 は一瞬詰まって、それから慌てて手をパタパタと振った。
 そんな顔されたら、まるでこっちが意地悪してるみたいじゃないか。

「ううん、いいよ。」
「わーい! いいヤツ!」

「……!」

 あ、と思ったときには既に遅く、結局彼女は今日もこの運命から逃れられないらしい。
 流されてしまった自分にうんざりして、机のキズなどまじまじと見てしまう。
 あ、誰かイニシャル彫ってる、なんて。

 隣の彼はそんなのお構いなしに、いそいそと机をくっつけている。
 それを見てちょっと気持ちが浮上してしまう、忙しい乙女心。

「サンキュな、!」
「うん……でも、千石くん寝ないでね?」
「ん? うんうん、努力するとも!」

 安請け合いの言葉はちっとも信じられなかったが、それでもいいや、とは思う。

 名前を呼ぶときやたら語尾を伸ばす彼の癖だとか、
 明るい髪が日に透けるとキラキラ眩しいことだとか、
 机に突っ伏して赤く跡の残った頬っぺたとか、
 それが見られる距離に今は満足してるから。





「んじゃ、次は千石……は寝てるから、な」
「(うわーん!!)」



 そんなありふれた午後の授業の話。
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