twinkle, twinkle

 冷たい石段の階段に一歩足を掛けたまま、二人は苦虫を噛み潰したような渋い顔で互いを見た。

「なんであんた、こんなとこいんのよ」
「お前こそ、こんな時間に屋上に何の用だ」

 二人はそれぞれ疑問を投げ掛けて、一旦口をつぐんだ。
 両者とも羊皮紙の束と長い羽根ペン、インク壺を抱え込んで、マントの上からぐるぐるとマフラーを巻き付けている。完全なる防寒装備。どう見ても寝る時間の格好とは思えない。
 目の前の姿に自分と同じ目的を見出だして、二人はまさかそんな、とショックを受けた。

「……だって、セブルス、いつもクソ真面目に一番に宿題終わらせるじゃない」
「……お前が宿題を蓄めておくのは、別に珍しいことじゃないがな」
「やかましい」
 尋問するようなの視線に折れて、セブルスはぼそぼそと早口で言う。
「…………ろくでなしのポッターとブラックに、書き終わったレポートを盗まれた…」

 つまり、どちらもこのしびれるほどの寒空の下、天文学の宿題をやらなければいけない訳だ――それもわざわざ、冬一番の冷え込んだ夜に。
 二人ははぁ、と同時にため息をついた。



 くねくねと長い螺旋階段を昇っていくのは、なんともうんざりする作業だった。
 石の壁は外の冷気に凍りつき、暖房のないここはとてつもなく寒い。は外の厳しさを思い浮べてぞっとした。
「ああ、めげそう…」
 そんな彼女とは対照的に、セブルスはいつもの生真面目さでスタスタと階段を昇っている。
 体一つは高い段から、を冷たい目で見下ろした。
「なんだ、やめたのか」
「うっさいわねー」
 こんなに寒いってのに、なんでこいつにまで冷たい反応をされなきゃいけないのだ。
 少女は口を尖らせ、勇気を振り絞って、えいやっと一気に階段を駆け昇った。
「女の子は冷やすと良くないの!」
 隣に並んでそう言うと、彼は馬鹿にするような鼻息をもらした。
 まったく、可愛げがないヤツ!
 はこっそり舌を突き出す。寒かったのですぐ引っ込めたが。

 そんなことをしているうちに、ついに長い階段を登りきる。
 出口の鉄の扉が指が千切れるほど冷たくて、は触れた手を慌てて離した。ローブの裾で手を巻いて庇うと、もう一度ゆっくりと押し開ける。
 ギ、ギギィ、と軋んだ音を立てて、頑固な扉がゆっくりと開いていく。
 が踏張って重たい扉を押していると、はぁ、と頭の上からこれ見よがしな溜息を落とし、セブルスが手を伸ばしてそれに付き合う。軽くなった扉はすぐに開いた。
 その冷たい隙間に体を滑らせ、無造作にパッと手を離すと、がしゃぁーんと派手な音で扉は再び閉ざされた。
、もっとそっと閉められないのか」
 セブルスが顔をしかめてドアを睨んだ。
「ふん、皆起きちゃえばいいのよ!」
「八つ当りか…言っておくが、管理人が注意しにきたら責任はお前にある」
 は首を竦めて、忠言が聞こえなかった振りをした。
「とっとと書きましょ、凍えて死なないうちに」



 屋上には案の定誰もいなかった。
 誰も好き好んで、このクソ寒い夜を宿題に当てなかったのだ。愚か者は二人だけ。その内の一人であるは、ふっ、と気の抜けた半笑いを浮かべた。
 いくら天体観測に冬が適していると言ったって、この仕打ちはあんまりじゃないですか先生。
 あんまりに寒いし、夜中の屋上に一人でいるのはなんとなく不安で、彼女はセブルスの選んだ近くに腰を下ろした。
 初めはうざったそうな顔をしていた彼が、いつの間にか背中で触れるような距離に近付いている。
 夜風から身を守るには、やはり二人固まっていた方がいいに決まっている。どちらがすり寄ったわけでもないが、自然に、気がついたら、仲良く揃って夜空のスケッチなんぞをしているのである。

「大体さー、なんで星座表を写すんじゃ駄目なのよ。なんで夜空から直に写さなきゃいけないのよ」
「……それが学習というものだろう。文句言っている暇があったら、手を動かせ」
「だって、星座表は偉い人が作ったんだから間違いないわけでしょ? 空見て書くと星が動くし、目が悪い人には良く見えないし、何よりクソ寒いし、絶対効率悪いって!! あの先生、意地が悪いのよ」
「うるさい動くな。手元が狂う」
「あーもーこの、真面目人間! アンタ、いつか真面目すぎて頭狂うわよ!」
「僕に寄り掛かるな、この馬鹿!」
 書く気が無いなら帰れ、と立ち上がろうとすると、逆に怒られた。
「馬鹿はアンタよ! 動いたら、寒いじゃない!」
「知るか!!」
 手を引っ張られ、座り直される。
 イライラと腹から胸にかけて嫌な気分が昇ってくるのを感じたが、今位置を変えると星座表を全部書き直さなくてはいけない。寒いし面倒だし寝る時間が削られて明日の授業に響くかも知れない。
 少年は終わるまでの辛抱だ、と仕方なくそこに留まった。
 それに、認めたくはなかったが、確かにここにいる方が暖かかったのだ。


 持ってきた毛布を鼻まで引き上げながら、はグリグリと星の位置を羊皮紙に書き込んでいた。
 右に光るのはオリオン座のリゲル、その斜め上に赤いベテルギウス。おうし座はその中に土星を入れて、おおいぬ座のシリウスは森の真上に蒼白く輝いて……。
 冷えきった手は熟れたトマトのように赤く、感覚が鈍い。しっかり握ったはずの羽根ペンがつるりと手から逃げるので、その度に手を握ったり開いたりして血を巡らせてやらなければならない。
 そのせいで、こんなに字が歪んでインクが跳ね散らかったレポートになってしまったんだ、と少女は羊皮紙の汚さを責任転嫁した。
 目を凝らして星空を見上げる。視界を細くして、眉を怪訝に寄せたその顔は、どう見ても“ロマンティックな星降る夜☆”という感じではない。むしろ“夜空に向かって喧嘩を売っている顔”に近い。の美しい銀の髪は星と同じ色に光ったが、本人は全く気にしていなかった。
 それよりも、問題はこの寒さだ。
 はそっと後ろを振り返り、夜空よりも深い色のローブを引っ張った。

「ねえ、セブルス。紅茶出して」
「裾を引っ張るな、伸びる」
「ねえ、紅茶飲みたい」
「自分で出せばいいだろう!」
 観測の邪魔をされて、彼は不機嫌に怒鳴った。今目を離したら、せっかく測った距離感が狂ってしまう。
 ローブを引っ張り込んでの手を拒むが、彼女は懲りずに掴み直した。
「だって、杖を部屋に置いてきちゃったんだもの! 今後一切邪魔しないから、出してよ」
「そんなのは、お前の不手際だろうが!」
「そうだけど、出してくれたっていいじゃない!」
 素直に杖を振ろうとしないセブルスに、少女の視線が鋭くなる。元から気長な性格じゃないのだ。

「僕は今、手が放せない」
「じゃあ、杖だけ貸して!」
「…………っ、」
「嫌なんでしょ?」
 魔法の杖は、魔法使いの魔力の源に等しい。おいそれと人に貸したりはしないものだ。特に、個人主義者が多いスリザリン寮生なんかは。
 思わず言葉に詰まった少年を、彼女は眉を跳ね上げて覗き込んだ。
「お忘れのようですが、この毛布はわたしが持ってきたんですからね!」
 そんなことは、全く交渉の手段にならない。さっきの苛立ちが再び舞い戻ってきそうだ。
 杖を振って自分の毛布を呼び出すぐらい、セブルスには造作ない。そうしてを放り出し、レポートに打ち込むのも一つの手段だ。
 少女の機嫌は著しく下降するが、仲良しこよしな訳でもなし、別に構わない――全くちっとも構わないのだけれど。

 セブルスはため息を吐いて、
「アクシオ!」
 虚空に紅茶ポットを取り寄せた。

「ありがとっ」
 がキュッと目を細め、暖かいポットを受け取る。二人分のカップに紅茶を接ぐと、諦めたような顔のセブルスが大人しくそれを啜った。



「ね、どこまで書いた?」
「……邪魔しないんじゃなかったのか」
「邪魔じゃないわ、協力だもの。わたしとあなた、背中合わせなんだから紙を写せば一周分になるでしょう?」
 そっちの方が早く終わるじゃない。
 は返事もろくに聞かず、お互いの羊皮紙を取り替えて、

「げ」
 思わず呻いた。

「何コレ…なんなのよ、この書き方は!」
「それはこっちのセリフだ」
 のレポートを摘み上げたセブルスが、吐き出すように言った。
 インクの染みだらけ、斜めすぎる走り書きのメモが付いたレポートは、一等星に過剰な装飾が書き込まれている。星と星との距離感が主観に走った独創的な星座表になっていた。
「これでは使い物にならない」
「これだって、何書いてあるのか分かんないって!」
 一方、セブルスの星座表は、のそれには見られない見事な几帳面さで書き込まれている。
 まるで定規を使ったかのような精密なレポートは、しかし小さくまとまりすぎているきらいがあった。線を引っ張って書き込まれたメモなど、細かすぎて読むのが嫌になる。その点、の方がパッと見た時分かりやすい。
 つまり、全く正反対のレポートだったわけだ。

「これなら自分で書いた方がいいかも…」
「当然だ。大体、誰が写していいと言った?」
「だって、寒いじゃない! セブルス、神経質すぎんのよ」
「お前は大雑把すぎだ」
「なんですって!?」
「事実だろう!?」
 言い争いがエスカレートする。の声が耳障りに高くなり、セブルスの声が聞き取れないほど低くなる。

 二人は激しく睨み合い、
「陰険男!」
「馬鹿女!」
 とどめの捨て台詞を吐いて、バッと同時に立ち上がった。
 きっちり半周歩いて、正反対の方角を向いて座り直す。

 ――やっぱりこいつとは絶対一生気が合わない!

 背中向こうの相手に、互いに腹を立てながら、二人は再び星空を写し始めるのだった。
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