ワカメの逆襲

「それじゃあ、観月くん。今日はお疲れさま!」
「ええ、さようなら」
「またね、観月くん」
ブオオォォ……

 軽快なエンジン音を鳴らして遠ざかるスポーツカーが、角を曲がって見えなくなるまで見送って。

 安っぽい赤が見えなくなるやいなや、観月はチッと特大の舌打ちを漏らした。

「ああ、僕としたことが非常に不合理に時間を使ってしまいました……この埋め合わせは梶本ぐらいのデータでは足りませんよ!!」

 腹立ち紛れにガツーンと階段の手すりを蹴っ飛ばす観月。
 が、運悪く指にグキリときてしばしその場にうずくまる。
 ジンジンするスニーカー。観月は涙目で、しかし怒りながら叫んだ。

「クソッ、いまいましい!! あのエビ男め、呪ってやる!!」

 果汁100%、濃縮還元ナシ、全くもって純粋なる八つ当たりだったが、キレてる観月には常人の理屈は通用しない。哀れ、エビ男は突然タンスに小指をぶつける呪いを掛けられるのであろう(ショボい)
 ちなみにエビ男、とはもちろん、城成湘南中学テニス部の部長、梶本の事だ。あの愉快なサーブ以外特筆すべき点はないので、観月はおかんむりなのだ。

「それにしても、いくらデータを取るためとは言え、勝てる試合に負けるのは腹が立ちますねえ」

 観月はようやく少し平静を取り戻して、んふっと髪を指に絡ませた。

(*説明しよう! 観月が今日青学周辺をうろついていたのは、ずばり、宿敵不二のデータを取るために青学を偵察に来ていたのだ! 観月は前の試合でこてんぱんに不二に負けたくせに、データ試合で勝つことにこだわって今日もせっせとデータ集めに勤しんでいるのだ! 本人とっても真面目だから、良い子の皆は「学習能力無いのか?」なんてツッコんじゃダメだぞ☆ 呪われちゃうからね!
 そんなデータマニアの観月が海堂を聖ルドルフにスカウトしたのは、ただ単に桃城と海堂のデータが取りたかっただけなのだ! だって観月のテニス部は逸材(アヒルとかバカとか眼鏡とか)揃いだから、マムシなんて飼ったらエサ代が賄いきれないもんね♥)

 つまり、観月はデータを取るために試合に負けたのであって、実力は桃城や海堂なんかより上なのだ。良い子の皆、ここアンダーライン!!

「まあ、いいですけどね。負けたのは梶本くんのせいですし」
 んふっ。

 本人居ないのを良いことに、人に責任をなすり付けてちょっぴりテンションが浮上した観月だったが。

「それにしても……お腹が空きました。無駄な運動させられたからですね。華村先生には丁重にお礼申し上げなければいけませんね」

 観月はまたもや人に責任を押し付けた。いっそ爽やかなほどゴーイングマイウェイである。



「あれ?お前、観月か?」
「こんなトコで何してるだーね」

 そんな空きっ腹を抱えた観月に、馴染のある声が掛けられた。
 バカ澤とアヒル……じゃなくて、赤澤と柳沢である。(大して変わらないが)

「あなたたち……どうしてここに!?」
「マネージャーのお前がいきなり部活休むから、俺たちが買い出しに行ってたんだよ!」
「そうだーね、観月、お前サボッただーね!!」

 怒ったように訴えてくる二人を見て、観月の瞳がギラリと不穏に光った。

「ほーう、お二人とも流石馬鹿だけあってすっかりさっぱりこってりしっかり忘れていらっしゃるようですねえぇぇ?
 言いましたよね、昨日。僕は明日青学に偵察に行くから、あなたたちは渡したメニューをやっておくように、と」

 二人は一瞬キョトン、と観月を見返して。

「…………え?」
「……う、嘘だーね! 俺そんなのもらってな…」

「じゃあ僕が嘘をついたとでも!?(ギロリ)」

「……つ、ついてません」
「……俺たちが間違ってました」

 野生の本能で命の危険を感じ取り、勝ちを譲った。
 潔い態度の二人に、観月はハッと嘲笑を漏らす。

「分かればいいんですよ」

 実は、観月が留守を知らせたのは裕太だけ、メニューを渡したのも裕太だけなのだが、聖ルドルフテニス部の食物連鎖のトップに君臨する観月の意見は絶対なのであった。
 哀れ、純朴な男子中学生達よ!(ちなみに赤澤も柳沢も権力は最底辺に位置する)

「(うう、ムカつくだーね……!!)」
「(柳沢、耐えろ、耐えるんだ! ここを乗り切ればきっと俺たちにだって明るい未来が……!!)」

 赤澤の薔薇色の未来は観月と縁が切れるまで来ないとは思うが、二人は理不尽な怒りを奥歯を食いしばって耐えた。(可哀想)

「ところで、ボールを買ったですって? どのメーカーの買ったんですか」
「え、ア●ックスだけど……」
アシッ●ス!? 僕がいつも買ってるのは●ネックスなんです、ヨ●ックス!! なんでアシ●クスなんて買って来るんですか、このバカ澤!!」

 もはや言うまでもないが、聖ルドルフのボールがヨネッ●スで統一されているのは観月の個人的趣味である。(理由・yのマークが可愛いから)

「ご、ごめん観月……」
「ごめんですんだら警察はいらないんです!!」

 今どきその切り返しはないだろう、というようなハイカラな捨てぜりふを吐いて、観月はプイと横を向いた。三歳児のように膨らませた頬がちょっぴり可愛らしい。

「悪かったよ…店行って換えてくるからさあ」

 赤澤は拗ねた観月を気遣って、オロオロしながら申し出た。
 それにしてもなんでそんなに必死なのだ、赤澤。

「そんなの当たり前ですね」
「は、はい……じゃあ、水戸黄門のビデオ貸してや」
「いりません(即答)」
「あ、そう……」
「…………」
「(どうしよう…俺、呪い殺されるかも…
 ……おい、柳沢! お前もなんか言えよ!! お前だって共犯なんだからな!」
「え、俺も!?
 えーと、えーと、あ、あそこのマックで奢るだーね!」
「ば、馬鹿! それでいいわけ……」

「仕方ありませんね」

「やったー!」
「それでいいのかっ!?」

 赤澤はちょっぴり夕日の中で己の人生を振り返りたくなった。

「ほら、何してんですかバカ澤。さっさと来なさい。あんたが奢ってくれるんでしょう?」
「俺かよっ!!」

 赤澤の浅黒い肌を伝う涙は、ちょっぴり塩辛い海の味だった……



「ゆうたあぁぁぁ〜〜!!!」
「うわっ、何ですか先輩!!」

 ドアを開けるなり、タックルをかましてきた部長(仮)を、裕太は素早くドアを閉じることでやりすごした。
 お陰でドアと熱烈なキッスをかました赤澤は、再び開いたドアの中を恨めしげに眺めた。

「ゆうたぁ〜〜〜(泣)」
「あ、先輩すいません」

 赤澤の顔は裕太の素敵な歓迎の仕方で赤く染まっていたが、いかんせん地が黒いので全然分からない。故に誰も心配しなかった。

「(ごめんですめば警察はいらないんだぁぁぁ!!)←移ってる」

 傷心の赤澤は部屋の隅っこでうずくまって人生について考え直し始めたが、そんなのいつもの事なので、やっぱり誰も心配しなかった。

「裕太、お前観月が居ないことなんで俺たちに教えてくれなかったんだーね!!」

 代わりに柳沢が裕太に詰め寄った。裕太はあ、と今初めて気付きました系の表情を浮かべた。

「わ、忘れてました…先輩、申し訳ないッス!」
「本当だーね!! 俺たち観月に怒られて……!!」

「僕がどうかしましたか?」

「ギャー出たー!!」
ゴスッ
「失礼ですね、柳沢くん?」
「ご、ごめんなさいだーね……」

 観月が柳沢のちょうどつむじに落とした英和辞典の角は、柳沢の元から少ない脳細胞に致命的ダメージを加えたような気がしたが、裕太はとばっちりを喰らいたくないのであえて見ないふりをした。

「(先輩、頑張って下さいッス!)」
 胸中でガッツポーズを取っていた裕太に、観月が今し方柳沢を葬り去った(に近い)凶器を差し出す。
「はい、どうぞ。折ったり汚したり落としたり血を付けたりしないで下さいね」
「はは、先輩。血ならもう、ここに」
「あ、そうでしたか」

 あはははははは。

 談笑する二人を見て、
「(こいつら悪魔だーね……)」
 と柳沢は男泣きに泣いた。



「ところで先輩、それは……?」
「ああ、これですか」
 先程文句を付けながらも二人にしこたまハンバーガーを奢らせて満腹の観月は、裕太の言葉に機嫌よく頷いた。やっぱり人間、お腹が空いてるときは凶悪になるってもんだよね☆
 脇に抱えた黒い装丁の本は、タイトルが血文字だったり何ともファンシーな工夫が施されていて、触った瞬間に毒電波に汚染されそうな感じである。

「きみは知らなくてもいい本です。んふっ」
「(絶対黒魔術の本だ、絶対黒魔術の本だ……!!)」

 観月の意味あり気な笑みに、裕太は冷や汗をかいた。何故そんなに確信できるかって、そりゃー奥さん、兄貴の部屋に似たような本がいっぱいあるからです。

「そ、そうですか……ははは」
「そうですよ、んふっ」

 あははははは。
 再び二人は笑いを交わしあった。さっきよりか大分乾いた笑いだったが。

「じゃあ、僕は忙しいのでこれで」
「あ、どうもありがとうございました!」

 スタスタと裕太の部屋を後にする観月。その背中を見送りながら、裕太は考えた。

「(兄貴、大丈夫かな……)」

 きっと観月先輩の呪いの相手は、自分の兄に間違いない、と裕太は確信していた。
 いつもトンガリコーン並にツンツンしてるけど、実は結構お兄ちゃん思いな裕太くん。あんな腹黒でキモい変態兄貴ですが、やっぱりちょっぴり心配です。

「(……いや、兄貴なら平気か。返し技、いっぱい知ってるもんな)」

 裕太は大きく一つ頷いて、自分の部屋を振り返った。

「先輩達、いつまで泣いてるんスか?」
「ブツブツブツ……」
「メソメソメソ……」





 そんなわけで、聖ルドルフの観月くんは、今日も元気で愉快です。
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