渡辺真由子 ”「創作子どもポルノ」と子どもの人権 ”の序章の注


 以下では、標題書(勁草書房2018年)が抱える難点の端的な例として、出鱈目な注を扱う。ここでは、特に序章を採り上げる。たとえ全体がこのように嘘まみれではないにしても、渡辺の作文が学術的な文書として成立しないことを十分にご確認いただけよう。
 以下を見て気になることがあるならば、入口を参照し、あるいはより詳細な記述のある頁を直接確認されたい。
 下表では、番の項に注番号を、順の項に一個の注に複数の参照先が示された場合の出現順の独自番号を、出典の項に出典情報を、物件特定の項に渡辺の記述による参照先の特定が十分に可能かを、問題の項には文字通りの問題性についてを記した。出典の項は、渡辺の書き方を基本にすることでその不統一ぶりを明らかにしつつ、読者の特定を害しないよう明白な誤記を修正し、より確実な対象の特定を可能とできるよう一部の書式を改めた。その余の事項、例えば基本的な用字は、渡辺が書いた不統一なもののままである。また、同項の◆は、渡辺作文巻末の参考文献の項を参照して注を補充した箇所に付した。以上と同時に、明白な難点に赤系の背景色を疑義のある点に黄系の背景色を無内容のものに灰色系の背景色を、、それぞれ置いた。問題の項の着色は、物件の特定のみに関する事項を除いて付した。なお、新聞記事は、特記を除き記事検索が可能なDBを通じて確認した。DB提供者の都合で記事が隠匿される例等が見られるため、該当するものを発見できない場合に完全に渡辺の責任とはしていない。そして、すべての引用において斜体等の特殊なフォントを無視した。

出典物件特定問題
01最高裁大法廷1965年3月13日判決特定

 いわゆるチャタレー事件である。渡辺が引用風に書く「公共の福祉によって制限される」(21頁)との文字列は、判決文中に存在しない。
 これは、引用でないものを引用したかの如く渡辺が書いたという事実の指摘である。それ故、渡辺が引用風に書いたものと等しい趣旨が判決に含まれているか否かは、無関係である。問われるのは、渡辺の捏造である。

021毎日新聞2006年10月11日不十分 引用はなく、渡辺の叙述と一致する記事が存在する。
2読売新聞2011年7月23日不十分 渡辺の叙述と照応する記事が発見されない。なお、縮刷版の同日分を見ても同様である。
03読売新聞2005年1月19日不十分 引用はなく、渡辺の叙述と一致する記事が存在する。なお、渡辺の書きぶりは剽窃を伴う。
04東京新聞2005年4月26日不十分 当日ないし前後に該当しそうな内容の記事を発見できなかった。
05朝日新聞2005年4月20日不十分 渡辺の叙述と照応する記事が発見されない。なお、縮刷版の同日分を見ても同様である。
06産経新聞2012年7月25日不十分 当日の記事は刑の確定を伝えるものであり、渡辺が本文で述べるような周辺的事情が書かれていない。
07共同通信2009年9月19日不十分 事実上検証不能。
08産経新聞2009年1月13日不十分 当日の記事は初公判を伝えるのみであり、渡辺が本文で述べるような周辺的情報が書かれていない。
09熊本日日新聞2011年3月8日不十分 当日およびその前後に、本文で言及される事件について扱う記事が存在することが確認された。本文の閲覧が不可能であったため、これ以上の確認ができていない。
10日本経済新聞2012年12月21日不十分 渡辺の叙述と照応する記事が発見されない。ただし、翌22日の記事に出典たり得るものが見られる。新聞の記事は版次第で掲載日がずれることもあるため、渡辺の誤記を断定することができない。なお、渡辺の書きぶりは、22日付記事との関係で剽窃を疑われる。
11北海道テレビ放送2014年7月1日不十分 検証不能。
12毎日新聞2017年6月14日不十分

 渡辺の叙述と照応する記事が見られる。ただし、引用が不正確である。渡辺が引用らしく「インターネットに掲載された成人向けの同人漫画を読み、手口を真似した」と書く部分は、記事”わいせつ 漫画家に表現配慮要請 「成人向け」模倣し事件 埼玉県警”(毎日新聞2017年6月14日大阪夕刊)では、「インターネットに掲載された男性漫画家の同人作品を模倣した」と書かれる〔下線の文字列が書き換えられた〕。引用としては不正確な、渡辺による作文がなされている。これも、剽窃を踏まえた捏造である。

13東京新聞2005年4月26日不十分 当日ないし前後に該当しそうな内容の記事を発見できなかった。
14渡辺真由子「性的有害情報に関する実証的研究の系譜−従来メディアからネットまで」情報通信学会誌30巻2号81-88頁2012年不十分 女性の拒絶が信用されないことに関し、渡辺は自著全体を参照先とする。しかし、当該作文はそのような話だけを扱うものではない。全体を参照先とするのは不適切である。また、渡辺は掲載号を「30号(2)」と書いている。これは不正確である。
15総務庁「青少年とポルノコミックを中心とする社会環境に関する調査研究報告書」1993年不十分 参照先頁が書かれていない。詳細未検証。
16総務庁「青少年とアダルトビデオ等の映像メディアに関する調査研究報告書」1994年不十分 参照先頁の記載がない。200頁を超える冊子の中に、渡辺が引用っぽく書く表現が存在しない。そもそも、渡辺が引用ぶって用いるアダルトゲームの語が用いられていない。捏造である。
17佐々木輝美「性的メディア接触が大学生の性意識に与える影響に関する研究」国際基督教大学学報T-A教育研究46号143-152頁2004年不十分 参照先論文全体を示すのみであり、引用元とすべき頁は不明である。また、渡辺が引用らしく書く文字列は、発見されない。原典は二群を対照するのみであるが、渡辺は「接する頻度が多いほど」(6頁)影響が強いと書く。これは、明白な捏造である。なお、同様の捏造は、2012年の作文83頁にも含まれる。掲載誌の発行元である情報通信学会は、その他の点も含めて十分な調査と対処をすべきであろう。
18Peter, J. & Valkenburg, P. M. ”Processes underlying the effects of adolescents’ use of sexually explicit internet material: The role of perceived realism.” Communication Research 37巻3号 375-399頁2010年不十分 渡辺は参照先全体を示すのみであり、引用元らしき頁は不明である。渡辺は37号かの如く書くが、実際には37巻3号である。要約の限りでは、渡辺が引用風に書くものに直訳できる部分が発見されない。このため、捏造の可能性を否定できない。ただ、渡辺の引用風の叙述と近い趣旨を読み取ることは可能である。
191世界大百科事典不十分

 渡辺は巻数・版数等なく書名のみを記す。確認できた下中直人編同書改訂新版3巻(2007年)では、因果関係の項が3から5頁にまたがり、専門分野に応じた下位の項も存在する。渡辺は、その冒頭部と似たことを書いてはいる。ただし、鈎括弧を用いていないため、引用された範囲は不明である。なお、同項には法律の見出しを持つ下位項も存在するが、渡辺はこれを参照していない。

渡辺作文22頁
原因と結果の関係のことである。事象Aが事象Bをひき起こすとき、★AとBの間には因果関係がある、という。

〔太字は文字列挿入・★は文字列削除〕

世界大百科事典改訂新版第三巻3頁
原因と結果の関係のこと。一般には、事象Aが事象Bをひき起こすとき、AをBの原因といい、BをAの結果という。そしてこのとき、AとBの間には因果関係がある、という。
 渡辺が書いたものには、引用であると見られ得ない原典との相違が見られる。そのようなものの出典を当該事典とした理由は、不明である。そしてこれも一種の捏造である。

2新明解国語辞典不十分

 渡辺は、版数等なしに書名のみを記す。なお、山田忠雄他編同書第七版(三省堂2012年)858頁には、渡辺が用いる「相関関係」の項に独立した見出しはなく、相関の項の一部を占める。渡辺は鍵括弧を用いておらず、引用とそうでない部分の区別も判然としない。

渡辺作文22頁
相関関係とは、二つの事象が密接にかかわり合い、一方が変化すれば他方も★変化するような関係を指す(新明解国語辞典)。

〔下線は文字列置換・太字は文字列挿入・★は文字列削除〕

新明解国語辞典第七版858頁
【−関係】 一方が変化すると、他方もそれにつれて変化するという関係。
 渡辺が書いたものには、引用であると見られ得ない原典との相違が見られる。そのようなものの出典を当該辞典とした理由は、不明である。そしてこれも一種の捏造である。

201◆Hicky N, Farmer E, Vizard E. ”Comparing the developmental and behavioural characteristics of female and male juveniles who present with sexually abusive behaviour” The Journal of Sexual Aggression 14号241-252頁2008年特定 要約は、渡辺の関連する記述と矛盾しない。引用もない。ただし、本文と十分な関連性を有するかについては疑義の余地なしとできない。渡辺はこの付近で、「創作物が人権侵害に影響を与えることも、全面的に否定できない」(6頁)等と書く。対して注の参照先は、性的虐待が生じる経路について扱う論文であり、渡辺が書いた文字列と単純に対応するものではない。
2◆Seto M C,. & Lalumiere M. L. ”What is so special about male adolescent sexual offending: A review and test of explanations through meta-analysis” Psychol Bull 136号526-575頁2010年特定
但書有
 渡辺はsexualをsecualと誤記する。要約は、渡辺の関連する記述と矛盾しない。なお、この論文は、59の研究を扱うメタ的なものであり、完全に独自のものではない。
3◆Ybarra, L. M., Mitchell, J. K., Hamburger, M., Diener-West M., & Leaf, J. P. ”X-rated material and perpetration of sexually aggressive behaviour among children and adolescents: Is there a link?” Aggressive Behaviour 37号1-18頁2011年特定 性的情報への暴露が攻撃的行動の「一因となり得る」ことを要約ないし本文から読み取ることは可能であり、この限りで要約は渡辺の関連する記述と矛盾しない。ただし、暴力的でないX指定のものへの接触が攻撃的行動と統計的に有意な関係を持たない(not statistically significantly related)ことも示されている。原典は、渡辺のような、何かが問題行動の原因たり得るという話だけをしているのではないようである。
4◆Borowsky I.W., Hogan M., & Ireland, M. "Adolescent sexual aggression: Risk and protective factors" Pediatrics100巻6号 e7頁1997年不十分 出典情報は、渡辺の記述でははっきりしない。渡辺は、100号e7頁と受け取るしかない書き方をしている。原典は、100巻6号に掲載されており、個々の論文を識別する記号になりそうな文字列としてはe7を見出すことができ、pdfには1頁から8頁の番号が与えられている。
 要約によると、渡辺の記述は怪しげである。渡辺は、「大人との感情的なつながり」を鍵括弧で囲って書き、すなわち引用として扱い、これが参照先が示すところの性犯罪の「防止要因」(23頁)であるとする。しかし原典の結果の項の最後の文には、「精神的な健康およびコミュニティにおける友人や大人との繋がりが男性青少年にとって性的に攻撃的な行動を防止する要因であり」云々と書かれている。渡辺による引用風の記述は、捏造である。なお、この捏造は、2012年の作文において既になされていた。
21World Congress against Commercial Sexual Exploitation of Children, Declaration and Agenda for Action: 1st World Congres against Commercial Sexual Exploitation of Children, Stockholm, Sweden, 27-31 August, Para.5. 1996年不十分 エクパットによる国際会議の宣言文である。印刷物としての情報もURLも記載されていない。
 渡辺が引用らしく書く、性的搾取が「大人による性的虐待であり、子どもを性的な対象として扱う、子どもに対する強制及び暴力の一形態で、子どもの権利の根本的な侵害である」(7頁)という表現は、原典とはずれている。原典は、直訳的には、「@子供の商業的性的搾取は、児童の権利への根源的な侵害である。Aそれは、成人による性的虐待および現金その他による児童や単独または複数の第三者への報酬を含む。B子供は、性的客体および商業的客体として扱われる。C子供の商業的性的搾取は、子供に対して威圧的形式および暴力を、さらには、強制労働や現代的な奴隷制を構成する。」〔まるつき数字はこの頁の著者が付加した〕と書く。渡辺は、原文の一部のみを記述した一種の要約をしながら、あたかも単なる引用をしたかのように装う。一種の捏造である。
22 警察庁「2017年上半期における子供の性被害の状況」特定URLで特定される。2017年上半期において、渡辺は児童ポルノ事件の検挙件数を1142件・被害者の2割は小学生以下・強姦または強制わいせつを手段とする児童ポルノ製造が5割であるとする。しかし、既にファイルが存在しない渡辺が示すURLとは異なる2018年10月現在のそれらしきものの公開ページから得られるエクセル用データによると、件数は594(タブ8)である。被害者の割合云々も、何を母数とするものか明らかでない。なお、別の統計には同期の検挙件数を1142とするものがある。もしかすると警察庁に何らかの不手際があったのかも知れない。
23法務省「2015年版犯罪白書」第六編不十分 URLである程度特定される。ただし、渡辺が出典として示すファイルからのリンク先にしか数値の出典がない。
 渡辺は、13歳未満の強姦被害者が2014年に77人となり、1995年の60人に比べ「増加した」とする。ここに二つの問題がある。一つは、渡辺が出典として示すファイルからのリンク先にしか数値の出典がないということである。もう一つは、数値の扱いそのものの奇妙さである。この点への指摘は、さらに三つに分けられる。左図を確認されたい。一つの謎である途中の値が無視されたことを確認できる。20年間の値は、最大で93・最小で53である。それなのに渡辺は、件数が単純に増加したかの如く語っている。渡辺は、なぜか、図中で赤丸を付した最初と最後だけを見ている。次に、値そのものの絶対値の少なさである。ちょっとした事情が誤差の触れ幅を大きくする値について、渡辺は増減を語っている。それが有意となる総量があるとは考えられないにもかかわらず、である。そして三つめに、事犯全体における割合の少なさを指摘せねばならない。この間の強姦・強制わいせつの件数は、最小で1185・最大で2472件である。渡辺は、全体の3ないし6%程度の部分を殊更に採り上げている。なお、ここでいう件数は、犯罪白書の関連頁に明瞭な記載はないが、認知件数に基づくことが他の統計との照合によって明らかとなる。白書は統計を参照して書かれ、統計は別途まとめられている。
 そしてそもそも、犯罪統計の仔細を示すのであれば、犯罪白書を用いることそのものがしばしば不適切である。
24法務省「2015年版犯罪白書」第五編不十分 URLのみで特定される。渡辺が引く数値は、渡辺が出典として示すファイルからのリンク先にしか書かれていない。
25なし 児ポ法の正式名称と以下での略称を述べるのみである。
26時事通信2014年6月18日不十分 事実上検証不能。
27なし サイバー犯罪条約の英語名を示すのみである。
28なし 欧州評議会の条約の英語名を示すのみである。
29◆渡辺真由子”青少年の「性」とメディアをめぐる政策のあり方”刑政127巻7号42-51頁2016年不十分 個別の関連頁の記載なし。
30警察庁「2017年上半期におけるコミュニティサイト等に起因する事犯の現状と対策について」不十分 印刷物としての書誌事項もURLも頁も示されない。
31不明不十分 大阪府でなされた何らかの調査結果を参照しつつ、注にも本文にもその題目や書誌事項等が書かれておらず、検証不能である。
32内閣府「青少年のインターネット利用環境実態調査」(2016年度)不十分 印刷物としての書誌事項もURLも頁も示されない。原典は複数年を統合した目次以下参照。
33注29に同じ47頁特定 渡辺が自著に書いた事例に過ぎない。
34注29に同じ47-48頁特定 渡辺が自著に書いた事例に過ぎない。
351注21に同じ不十分 注21に同じだがなぜか参照先関連事項の細部が再度書かれている。注21に同じく、原典を翻案した引用風味の記述が繰り返される。これも一種の捏造である。
2皆川誠「児童の商業的性的搾取に関する国際法の現状と課題」早稲田大学社会安全政策研究所紀要4号164頁2011年特定 注21には登場しない。特に示された164頁からの明らかな引用はない。しかし、この注が付された文は鈎括弧で囲った部分を含む。当該部分が他の何か引用であるとするならば、出典の明示がなされていないことになる。あるいは、皆川著からの引用であるという趣旨ならば、その引用は捏造である。また、渡辺が鍵括弧に囲んで書いたものは、子供の性的虐待・搾取に関する一般的見解であり、二次的にそれらを扱うに過ぎない論文を出典とするのは適切でない。
36勝間靖「子どもの権利とその国際的保護−商業的な性的搾取との闘いにおいて」アジア太平洋討究12号186頁2009年特定 本文に引用らしき形式はないものの、翻案された表現が出現する。この注が付された文と参照先の対応は次に示す通りである。
渡辺作文14頁
政府代表や国際機関代表と、NGO代表や子どもと若者の代表が、対等な参加者として意見を交換する画期的な国際会議である。

勝間論文186頁
政府代表や国際機関代表と、NGO代表や若者代表が対等な参加者として意見を交換したことは、非常に画期的であった。
 渡辺の書きぶりは、剽窃に近い。とりわけ、「画期的」という評価の原典との重なりは、該当する部分が意図的な窃用であることの証拠たり得る。窃用部末尾近くの相違は、勝間論文がそれが国際会議であることを既に明記していたのに対し渡辺がその部分の盗用を省いたが故のものでしかない。
37西垣真知子「子どもの性的保護と刑事規制 児童ポルノ単純所持規制条例の意義と課題」龍谷大学大学院法学研究15号72頁2013年特定 渡辺は、児ポ法の立法の経緯を説明する中で、引用なしに参照先を示している。
渡辺作文15頁
日本人男性によ東南アジア諸国で行われる買春ツアー横行、諸外国に代わって日本が児童ポルノの国際的な発信源と化していることに批判が集中した。
〔下線は文字置換・太字は文字挿入〕

西垣論文72頁
日本人男性による東南アジア諸国で行われる買春ツアーの横行、諸外国に代わって日本が児童ポルノの国際的な発信源と化していることに批判が集中した。
 その際の渡辺の表現は、上掲の通り、ほぼ剽窃である。
 また、西垣の記述は、別の文献によることが注によって示されている。渡辺の行為は、仮に窃用でないとしても、一種の二重引用である。
38甲斐田万智子「第三回子どもの性的搾取に反対する世界会議inブラジル」部落解放614号74頁2009年不正確 渡辺は「614号増刊」という意味不明な記述をなす。掲載誌は、通常月刊である雑誌の増刊号であり、その通号が614号である。そしてその前後が613号と615号である。ここに増刊の文字は不要である。また、渡辺は、エクパットの世界会議が示した方向性について、第三者的視点から書かれた記事のみを根拠に語っている。もしこのような事項を語るなら、エクパット自身が示した文書等を典拠とすべきである。さもなくば、二重引用の疑いを挟まれる。
391◆Quayle, E.他 ”Child pornography and sexual exploitation of children onlyne” Thematic Paper of the World Congress III against Sexual Explotation of Children and Adolesents 17-20頁 Scotland 2008年特定 なぜか出版地が初めて書かれる。URLを持つpdfが利用された旨の明記がある。渡辺が引用風に書く3行弱(16-17頁)そのままの記述は見られない。もっとも、同様の趣旨を読み取ることが不可能ではない。いずれにせよ、渡辺が注記なく引用風の扱いをするのは不適切である。
2島岡まな「刑法一七五条及び児童ポルノ禁止法と表現の自由 フランス刑法から学ぶこと」法學研究84巻9号447-479頁2012年不十分 渡辺は、フランスの確定判決を紹介するにもかかわらず、これを扱う日本語論文のみを参照先として示している。一種の二重引用である。
40◆Baines, V. ”Online child sexual abuse: The law enforcement response” Thematic paper of the World Congress III against Sexual Exploitation of Children and Adolescents 9頁 United Kingdom 2008年特定 注39と同じ本だが再び仔細が書かれ、さらになぜか出版地がスコットランドからUKに書き換えられている。引用風の記述はないものの、ヴァーチャルなものが一定の需給を満たしている可能性があるという指摘の渡辺による記述と、虐待および搾取の一般論を語る原典9頁の内容に、関連性はない。
41村山眞維・濱野亮『法社会学』第二版(有斐閣2012年)2頁特定 渡辺は、出典冒頭部とほぼ同じ文を剽窃し、この注を付した文全体とする。渡辺の文に対し、法社会学の語に鈎括弧を付し、及びの語を平仮名とし、「しようとする」と「社会科学」の間の読点を省くと、原典の文となる。
渡辺作文19頁
法社会学とは、社会現象としての法の存在形態や作用、及び法と他の社会現象との因果関係を経験科学の方法を用いて解明しようとする、社会科学の一分野である。

村山・濱野著2頁
「法社会学」とは、社会現象としての法の存在形態や作用、および法と他の社会現象との因果関係を経験科学の方法を用いて解明しようとする社会科学の一分野である。

 なお、この文献は、有斐閣アルマシリーズの軽めの教科書である。渡辺がなぜこの一点を選んだかは不明である。根本的な方法論を説く要部であるだけに、常識的には、引用であることを明示した上で複数を並べ、例えばこのように言われているとした上で必要に応じた説明をなすべきところである。

 渡辺は46の出典を参照させる。その中には、問題なく出典の摘示が成立しているものがない。巻号表記は出鱈目で、同一文献が複数回登場しても統一した記述がなされないという形式面だけを見ても、既に注として不十分である。のみならず、引用らしく書かれるものが、しばしば渡辺によって改変されているのである。このような捏造は、10件が確認され2件が疑われるものとなっている。それでいて渡辺は、書き写すことができないというわけでもないようである。渡辺は、他人が書いたものを平気で窃用する。短く簡潔な断片故に表現が似ざるを得ないとは言えるのかも知れない。とはいえ、それが一度ではない。この程度の量のうちに、6件が疑義を挟まれるのである。あまつさえ渡辺は、二次的な叙述を用いることで二重引用の疑いを挟まれる行為を3度もやってのける。
 比較的問題が少ないものも見られるとはいえ、しばしば渡辺による翻訳を経ることになる引用抜きで単なる参照先の提示がなされていれば故のことに過ぎない。
 そして、稀にそういったものが見られるのではなく、そこいら中がこの調子である。これらの総体は、研究不正と評価されるに相応しいのではなかろうか。なるほど、それが意図的な不正であることをただちに肯定することはできない。だが、それが悪質な不正であるのを否定することもまたできないのである(笑)。

 さて、こういうことをやってのける方の「研究」とは、どういうものなのだろうか。指導を請け負った新保史生先生のお考えを伺ってみたいものだ。

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