渡辺真由子 ”「創作子どもポルノ」と子どもの人権 ”の剽窃1


 以下では、標題書(勁草書房2018年)がなした大規模な著作権侵害の一例について、具体的に示す。その余の諸点については、入口を参照するなどして確認されたい。小規模な窃用等については、序章の注に関しても確認できる。

 ここで扱うのは、渡辺作文第6章の「2 イギリス」「(1) 児童ポルノ規制」”B「いかがわしい」の判定基準”全体である。該当部分は154頁に、注は171頁に書かれる。
 この部分の本文は、概ね間柴泰治「日米英における児童ポルノの定義規定」調査と情報681号(2010年6月)(論理10表示9頁)からの複写であると確認できる。なお、同文献を検索すると、被引用履歴に渡辺の別の作文が出てくる。もっとも、渡辺は、この部分が引用とか剽窃であることを明記していない。それどころか、自分で書いたかの如く文を見せ、注釈に間柴論文を示してのけている。形式上本文として書かれているばかりか、渡辺が注を書き換えているが故に、引用であると言い張ることも不可能である。長くなるが、下記に両者を引用する。
間柴論文2010 V3
渡辺作文 6章2(1)B
V3 「いかがわしい」の判断基準
 「いかがわしい」の定義は、1978年児童保護法7条のみならず、イギリスの法令中にも存在せず、明文では明確な判断基準がない。この点について判例は、「社会で広く認められた礼節の基準(the recognised standards of propriety)」に基づき、陪審または治安判事が「いかがわしい」の判断を行うものとしている【注19】。
 この判断に際して以下の点に留意しなくてはならない。第一に、当該写真等が「いかがわしい」ものか否かの判断は、その写真のみを上記基準に照らして観察することによってのみ行われるべきであって、その写真の製作等の状況や動機を考慮してはならない【注20】。例えば、全くの偶然でカメラのシャッターを押した際に撮影された等の事情は「いかがわしい」の判断ではなく、故意等の要件を満たすか否かの判断で考慮されるものとされる【注21】。
〔対照の便宜のため改行を挿入した。原典の文は改行も隙間もなく続いている。〕
第二に、たとえ性行為を伴わない描写でも、「いかがわしい」とされることがある【注22】。例えば、性器等が露出していないものの、上半身は大き目のブラウスと一連のビーズを、下半身は下着のみを着けた、胸を誇示するような14歳の女児の写真【注23】、また、裸体主義者のみが集まる水泳プールで撮影された、性欲を喚起するようなポーズを取っていない7歳の男児の裸体の写真【注24】が、いずれも「いかがわしい」とされている。第三に、「いかがわしい」に該当しない写真等を編集したものが、「いかがわしい」とされることがある【注25】。

注19 R. v. Graham-Kerr [1988] 1 W.L.R. 1098, C.A.〔USAの判例〕
注20 ibid.〔=同上〕
注21 ibid.〔=同上〕
注22 The Crown Prosecution Service, Indecent photographs of children, 2008.4.1.
注23 R. v. Owen(Charles) [1988] 1 W.L.R. 134, C.A.〔USAの判例〕
注24 op.cit.(19)
注25 R v Murray [2004] EWCA Crim.2211. この事案では、テレビで放映されたドキュメンタリー番組から男児の性器に治療を行うシーンを中心に編集する等した映像が「いかがわしい」に該当するとされた。〔冒頭部の略語2語にピリオドが欠けているのは原典通り。〕
6章2(1)B 「いかがわしい」の判断基準
 「いかがわしい」の定義は、一九七八年児童保護法条のみならず、イギリスの法令中にも存在せず、明文では明確な判断基準がない。この点について判例は、「社会で広く認められた礼節の基準(the recognised standards of propriety)」に基づき、陪審または治安判事が「いかがわしい」の判断を行うものとしている【注59】
 この判断に際して以下の点に留意しなくてはならない。第一に、当該写真等が「いかがわしい」ものか否かの判断は、その写真のみを上記基準に照らして観察することによってのみ行われるべきであって、その写真の製作等の状況や動機を考慮してはならない。例えば、全くの偶然でカメラのシャッターを押した際に撮影された等の事情は「いかがわしい」の判断ではなく、故意等の要件を満たすか否かの判断で考慮されるものとされる【注60】
〔剽窃元にない改行が挿入されている。空行なしに次段落に続く。〕
 第二に、たとえ性行為を伴わない描写でも、「いかがわしい」とされることがある。例えば、性器等が露出していないものの、上半身は大き目のブラウスと一連のビーズを、下半身は下着のみを着けた、胸を誇示するような一四歳の女児の写真【注61】、また、裸体主義者のみが集まる水泳プールで撮影された、性欲を喚起するようなポーズを取っていない歳の男児の裸体の写真が、いずれも「いかがわしい」とされている【注62】

注59〔原典19〕 R. v. Graham-Kerr [1988] 1 W.L.R. 1098, C.A.〔USAの判例〕
注60〔原典21〕 R. v. Graham-Kerr [1988] 1 W.L.R. 1098, C.A.〔USAの判例〕
注61〔原典23〕 R. v. Owen(Charles) [1988] 1 W.L.R. 134, C.A.〔USAの判例〕
注62 間柴[二〇一〇]〔委細は別の注に記載あり〕九頁。
注25 間柴泰治[二〇一〇]「日米英における児童ポルノの定義規定」『調査と情報』六八一号、五-六頁。〔注62の文献の初出〕

 強調は引用者によって加えられた。それらはいずれも、剽窃が原典を改めた箇所である。左欄本文の太字は、剽窃にあたって削除されまたは書き換えられた部分である。赤字は、書き換えられもしくは挿入された部分である。これらの判定において、全角と半角の相違は書き換えとして扱っていない。このファイルでは、数字に関する用字の変更と注番号の変化について、下線で示した。〔〕内は引用者による補充的注記である。注釈の表示はいずれも原典の形式と異なるが、対応する本文の文字のおおよその位置と番号を維持した。剽窃元を示す注には、背景色と枠線を付した。原典の斜体を無視した。原典の斜体を無視した。用字はそれぞれの原典のままとした。一部の注について、対応関係を背景色によって示した。
 一見して明らかな通り、原典の2段落の一部の用字を改め一つの改行を足し、注を削減して残存した注の表現を変え、さらに本文末尾の一文を削っただけのものが、あたかも渡辺が書いたものかの如く作文に含まれているのである。

 念のため、両者を画像化したものを付す。左が間柴論文・右が渡辺作文である。
間柴論文 渡辺作文の剽窃

 これは明白な剽窃であり、著作権侵害である。

 なお、「調査と情報」の頁からリンクされている「国会関連情報」の「ご利用について」の項には、「掲載論文等を全文もしくは長文にわたり翻訳される場合または抜粋して転載される場合には、別途郵送などによる書類の提出が必要な場合もありますので、事前に下記お問い合わせ先までご連絡ください。」とある。要するに、著作者側の諸権利の主張が放棄されていないのである。渡辺の剽窃は、明示された出版者の意思にも反している。

 このような大規模な剽窃は、他にも派手なものが複数見られる。仔細は一覧または入口頁経由で確認されたい。

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