渡辺真由子 ”「創作子どもポルノ」と子どもの人権 ”の要点


 以下では、標題書(勁草書房2018年)の問題点のうち、わかりやすいものを適宜選んで例示する。その基準は、人権の観点ということにしておく。
 以下を見て気になることがあるならば、入口を参照し、あるいはより詳細な記述のある頁を直接確認されたい。
 なお、以下での話の切り分けは便宜的なものである。

頁内目次 渡辺は事実を見ない 渡辺は整理しない 渡辺に論理はない 渡辺は確信犯である

渡辺は事実を見ない

 渡辺にとって、事実とは何か。それは、見たいものとか都合がよいもののことである。自説を支持しない事実や、正面から反するお話は、なかったことになる。ただし、気分次第で例外もある。

そんな質疑があってはいけない

 2章では国会の質疑が扱われる。長々と色々扱う渡辺は、「客体となる児童については生存していることを要するというのが」「法の趣旨からの帰結」であるという階猛答弁(186回国会参議院法務委員会24号会議録2014年6月17日[25])を無視している。どうやら、終章の結論的な提言と整合しないからである。

名付ける力を誇示せよ

 2章等では、一般に日弁連と略される日本弁護士連合会が、なぜか弁護士会と呼ばれる。あるいは、条約が各所でわざわざ国際条約と呼ばれる。万事この調子である。渡辺が何かに名を付けるとき、常識など意味を持たない。

判決は見たいところだけ

 3章2で渡辺は、松文館事件を扱う。扱うのはよい。だが、渡辺は、何の断り書きもなく地裁判決のみによって語る。最高裁まで行っている事件だというのに。指導教員新保史生は、なぜ突っ込まなかったのだろう。

一つが全部を現す

 3章3(1)は、主に一件の高裁判決(大阪高裁2000年10月24日判決)を扱う。が、ほぼそれだけ。他の判例は、簡単に言及されるのみである。渡辺先生は、判決一つだけを見て、裁判例一般を語ってのける

どうなったか不明

 3章3(2)では、CG児童ポルノ事件の地裁判決が紹介される。そこには、上訴の有無すら書かれていない。なお、渡辺の作文が出版されて更に半年近くを経た2018年10月現在、この事件は上告中である。

創作を取り込んではいるが

 5章2(2)では、二つの条約が児童ポルノに創作を含めていることがどうだ!とばかりに指摘される。しかしその一方であるサイバー犯罪条約は、創作といっても「写実的映像」(realistic images)しか定義に含めない。渡辺はそこに深入りしない。

表面的な言及ぶり

 6章では外国法を扱う。そこでは犯罪としての構成要件が語られる。一方、諸規定の背後にあるはずの各国なりの当罰性に関する考え方とか保護法益論とかは、あまり語られない。条文の字面だけを見ても書けそうな程度の内容である。でもまあ剽窃なのだが。

カナダの扱い方

 6章3は、カナダの規制を扱う。他人の訳を検証なく借用して、過剰規制の問題には一切触れることなく。

参考文献の不足

 巻末には、12頁を用いて180の参考文献が示される。憲法の教科書的なもの9点とその他の分野の同様のもの2点以上を含みつつ、定評あるコメンタールや刑法の教科書類、さらにはこの種の論点を扱うならば基本的な文献となる児ポ法の解説書・記事も含まれていない。指導教員新保史生は、なぜ突っ込まなかったのだろう。

記事を特定しない

 序章注7・26とか2章注3・6・13とか6章注37等は、新聞社や通信社の会社名または紙名と日付だけを参照先として示す。これで記事を特定するのは大変だ。序章注10に至っては、参照先がTVで、記載が地方の局名と日付のみである。現実的な調査の手段はない。勁草書房の担当者がそれを許したことも、記憶されるべきだろう。

原典にあたらない

 2章注8は、何かの記事の題目のみを示す。直接の出典は国会会議録であり、渡辺はその記事の日付等を含む同じ議員の別の発言を44頁に引用している。そして、渡辺が書く題名は新聞原典と微妙に異なる。会議録に描かれた記事名が、そのまま使われている。ノーチェックで。

編書を理解できない

 3章注12は、編書中の論文を挙げつつ全体の編者を書かない。5章注24は、参照先を編書らしく書きつつ、その中の誰が責任著者となった部分であるかに言及しない。

認めない

 渡辺は、立法関係者・業界団体・学界に向けて、「自分たちの主義主張に相容れない情報に関する事例や判例については、積極的に取り上げない姿勢が否めない。」 (192頁)と非難する。どうやら、鏡を見たことがないらしい

渡辺は整理しない

 渡辺には、話を整理することができない。なので、説明抜きには関連付けられない話を並べたり、明らかにすべき前提がすっ飛ばされたりと、超展開を何度でもやってのける。

人権を語らない

 主張の根幹である人権について、渡辺は最初っから最後まで語らない。だが、どうやら、何かを人権の観点から論じたつもりらしい。人権擁護に資する法令各種も、児ポ法に内在する諸問題も、出てこない。

定義がだだっ広い

 独自の定義のようなもの(はしがき冒頭独立付番1-2頁)は、著しく広汎である。「実在しない子どもを性的に描くマンガやアニメ、ゲーム等の表現物」(冒頭独立付番1頁)としか言っていないのだ。「性的」なることを誰がどのような基準で評価すべきものかも明らかでない。考えようによっては、着衣での自然な所作の描写を「ポルノ」に含めることすらできる。この点のみをもってこの作文全体を失当としてもよいだろう。
 それでいて、最終的には、そんな定義がどこかへ吹き飛んでしまう。

国際社会=エクパット

 国際社会から日本への批判を扱うとする序章3の約4頁のうち、最後の2行以外がすべてエクパットの見解とこれに関する記述である。一節分4頁のほぼ全部が、これである。渡辺にとって国際社会とは、ほぼエクパットのことらしい。

なくても済むものがある

 序章に続く第1章は、子ども観のお話である。この章以後では2度ちょろっと出てくるだけのお話が、たっぷりの紙幅を費やして語られる。勁草書房の担当者は、なぜ止めなかったのだろう。

条約の話に民間人

 5章3は「世界会議の宣言」と題し、非政府公然結社エクパットによるリオデジャネイロ会議でなされた宣言を扱う。それは、「国際条約」そのものとは無関係である。条約の章だというのに!

理由とは何か

 6章冒頭では、三か国それぞれの状況について多少程度語られ、その上で、「このような理由から」「調査対象に含めた」という意味不明な供述がなされる(131頁)。序章4(3)(20頁)と同様に、それらを調査対象として選択した理由たるべき事情は、どこにも書かれていない。

辞書を引く

 序章注19の参照先は国語辞典と百科事典であり、版数等の記載がなく特定が不十分なばかりか、二語について参照先を使い分ける理由も不明である。

謎の出典シリーズ

 終章1(2)Aの最初の段落8行(191頁)は、二つの条約の名を挙げながら、引用風の文字列を繋ぎ合わせて書かれる。書かれるのだが、条約名のみが示され、条約のどこに書かれたものかは明らかにされない。しかも、それぞれの引用風文字列がどの条約を出典とするかすら、はっきりしない。あまつさえ、出典を探ると、条約に書かれていたとされるものが条約本体でなく説明書の一部だったり独自作文臭かったりする。

人権って何?

 渡辺は、人権の視点とか観点からどうこうと何度も書く。だが、渡辺が言うところの人権とは何かが、どこにも書かれていない。前提の要部がごまかされている。

渡辺に論理はない

 筋道立てて考えることは、渡辺にとって専門外である。さっきと違うことを言うくらいなら朝飯前で、やろうとすればなんでもできる。

科学はいらない

 序章1(3)では「科学的根拠への拘泥」が戒められる。即ち、渡辺の立場は反科学である。それならそれで、宗教団体でも作って信者だけを相手にすればいいのに。

前言撤回

 序章2(2)では、独自のアンケート調査の結果と自著から引用した創作と無関係な事例が紹介される。いかなる注記もない。このように事例を並べるやり方は、その何ページか手前で渡辺自身が「扱いには特に慎重であるべきである」とかそこから何かを「断定することはできない」(序章1(2)5頁)などとしたものである。渡辺は、さっき自分で言ったことすら覚えていない

初めての事例?

 渡辺は、松文館の事案が漫画のわいせつ性を争う「初めて」(64頁)の事例であるとする。別の箇所でも、「裁判で初めて争われた」(86頁・205頁同旨)例だとする。さらには、「マンガがわいせつ図画に該当すると認定された初のケース」(188頁)であるとまで書く。「初めて」とするための出典は、通信社名と日付でしか示されないけれど、言い切る。
 ところが、終章3(1)(206頁)は、1979年と1991年の事案に触れていずれも有罪となったとする。本当なら、松文館事案は「認定された初の」事例ではない。ただ、当事者でない私人の著書のみが出典なので、正確性の担保は弱い。いずれにしても、渡辺が言っていることのどれかは嘘である。そしてそれは、渡辺の記述からでもかように判定される。

あったりなかったり

 序章から6章までを見ると、不思議なずれがある。立法過程は、児ポ法の一部についてしか扱われていない。国内の判例と学説は、3分野に渡った。しかし条約の章は基本的に児童ポルノ関連についてのみ言及し、部分的にわいせつ関連を含んだりもした。そして外国法については有害図書が欠けている。バラバラ。説明がつく話ではあるかも知れないけれど、説明はない。

マンガにも被害者が

 終章1(2)@187頁には、「女児への性的暴行を描いたマンガに被害者が実在したケースはあ」ると明記される。これほどはっきりした書き方はない。渡辺の主張によれば、なんと、漫画そのものに被害者がいる!渡辺なら、二次元と三次元の境を軽やかに乗り越えることができる!!

概念の発見

 終章1(2)B(192-193頁)によると、渡辺は「概念」を発見したそうだ。

現行法でよし

 終章1(3)@・Aと4では、現行児ポ法で創作一般への規制が可能であるという斬新な学説が示される。立法の経緯を少し知れば、ありえない話だとわかるのに。これを止めなかった指導教員である新保史生は、そんなことも知らなかったのだろうか。

人権対表現

 渡辺は、しばしば人権を表現の自由と対置する。終章1(2)@185頁で”「表現の自由」を優先させる視点が支配的であることが明らかになった”とか書くように。しかし、表現の自由も人権の一つである。そのような対立構造は、そもそも存在できない。あなたとあなたの右手では対立のしようがないのと同じことである。指導教員である新保史生は、憲法を専門とするくせに、この構図を放置している。

量を見抜く

 事件の「主なもの」(3頁)・「代表的」な研究結果(6頁)・「主な先行研究」(30頁)・一定の傾向の判例が「多い」(73・197頁)、あるいは学説の蓄積が「乏しい」(83頁)といった表現が、本文中でなされる。量的な優劣は、渡辺にとって意味のある話なのだろう。しかもそれが、ろくに文献も引かずに語られる。
 何かが多ければよいということはない。高裁の判例が幾つ重なろうと、最高裁はそれを覆すことができるのだから。そしてそもそも、「多い」かどうかは簡単にはわからない。それでもなぜか、渡辺は、この種の表現を、自説を正当化する文脈で用いる。印象操作の目的以外には、理解のしようがない。

統一できない

 4章注2で号数を「五一三号」と漢数字に号を続けて表記した雑誌が、24では「No.671」と書かれている。こんなことも統一できないのか、渡辺は。そしてなぜ突っ込まなかった、勁草書房の担当者。

なぜそこにそんなことを

 3章注9・10・11は、憲法の条文を書き写しただけである。4章注26は、刑法の改正時期だけを示す。5章注2・3は、原語の条約名等を示すのみである。その他、意味不明ないしこれに近い注がいくつとなくある。

渡辺は確信犯である

 俺たちにできないことを平然とやってのけ、ありえないものを魅せ付ける渡辺先生。正義のためなら、なんだってやってのけるぞ!

前提が既に結論

 はしがきで渡辺が曰うところの「問題意識」(はしがき冒頭独立付番3頁)は、検証されざる前提である。そしてそれは、渡辺が示す結論の一部でもある。このことだけを見ても、それが論文と呼ばれるべきでないことを推定できる。

大逆転で正当化

科学的データによれば、架空の出来事や人物を描いた創作物であっても見る者に影響を与え、間接的には現実に人権侵害を生み出すことを、全面的には肯定できない。一方で、創作物が人権侵害に影響を与えることを、全面的に否定もできないのである。(序章1(2)6頁)
 影響を「否定できない」が故に肯定する。この逆転で、渡辺は規制を正当化する。そういうことなら、渡辺の悪影響を否定できないので、人権の観点(笑)から渡辺の禁止を提言したいものだ。

捏造

 序章1(2)の6頁では、通常は引用であると理解されるようなかぎかっこ内の文字列に注がつく。それらの参照先は22頁である。そこから、捏造が確認される。
 注16は、頁も書かずに総務庁青少年対策本部『青少年とアダルトビデオ等の映像メディアに関する調査研究報告書』(1994年)を参照先とする。この本は、200頁を超える。その中に、渡辺が引用っぽく書く表現はない。そもそも、渡辺が引用ぶって用いるアダルトゲームの語が用いられていない
 注17は、ネット経由で読める文献である。渡辺は、収録頁全体しか注に書かない。そしてこれにも、渡辺による引用っぽい何かと同じ表現が見つからない。どうやらいずれも捏造である。
 要約のつもりなら、その旨を明記すればよい。渡辺はそれをしていない。そして、要約としても誤っている。注17の文献は、一定のものへの接触群とそれ以外を対照したのみである。そこには、二値の比較しかない。なのに渡辺は、ポルノ等に「接する頻度が多いほど」(6頁)云々と書く。渡辺は、小学校で算数の時間に比例を習っていないようだ。
 この他にも、捏造の疑いが挟まれる箇所がある。

剽窃

 別頁を参照されたい。露骨にも程がある著作権侵害がある。

 ほかにもいろいろあります。

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