松文館事件地裁判決と渡辺真由子 ”「創作子どもポルノ」と子どもの人権 ”


 2004年1月13日の松文館事件東京地裁判決(裁判所サイト等)の「理由」中の「争点に対する判断」を、見出し的なものの関係が明らかになるよう再構成し、渡辺の著書(勁草書房2018年)における引用との対照のために必要となる情報を加えた。
 渡辺の引用は3章2節各項でなされている。区別のため、渡辺が引用した項ごとに(1)にはこの青い背景色を、(2)には青より暗い緑のこの背景色を、(3)にはこの緑より更に暗い赤い背景色を、それぞれ付した。〔〕内は補足的説明・【】内は引用頁数であり、いずれも判決文には存在しない文字列である。
 いきなりここを見た方には、入口頁への移動をお勧めする。

位置内容
冒頭  弁護人らは、被告人が、判示の共犯者らと共謀の上、判示日及び場所において、漫画本「G」(以下「本件漫画本」という。)を頒布したことは認めながらも、@そもそも刑法175条は、表現の自由及び国民の知る権利を保障する憲法21条に違反し、無効である、A刑法175条にいう「わいせつ」の概念は漠然不明確であるから、同条は、憲法21条の要請する明確性の原則及び憲法31条の保障する罪刑法定主義に違反し、無効である、B刑法175条の法条自体が違憲でなくても、同条を本件に適用することは、捜査官の恣意的な判断に基づき事実上の発禁処分を許すものであり、憲法21条及び憲法31条に違反し、許されない、C仮に刑法175条が合憲であるとしても、本件漫画本は同条所定の「わいせつ図画」には当たらない、D仮に本件漫画本がわいせつ図画に当たるとしても、被告人は、わいせつ図画頒布罪の故意を欠いていたか、又は本件漫画本がわいせつ図画でないと信じるについて相当な理由があった、として、被告人は無罪である旨主張し、被告人も、弁護人らの主張に沿うような供述をしている。
 そこで、以下において、判示のとおり、刑法175条が合憲であることを前提に、本件漫画本がわいせつ図画に当たり、被告人にはわいせつ図画頒布の故意があると認定した理由について補足して説明することとする。
位置内容
第1

第1 刑法175条の合憲性について

第1 1

1 表現の自由及び国民の知る権利との関係について

第1 1(1)
(1) 刑法175条の保護法益
第1 1(1)ア
第1 1(1)ア(ア)(ア)
 刑法175条は、わいせつな文書、図画その他の物(以下「わいせつ物」という。)の頒布、販売、公然陳列及び販売目的所持(以下「頒布等」という。)を処罰するものである。同条の保護法益について、最高裁判所は、「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持すること」(昭和32年3月13日大法廷判決・刑集11巻3号997頁(いわゆるチャタレー事件判決))あるいは「性生活に関する秩序及び健全な性風俗の維持」(昭和44年10月15日大法廷判決・刑集23巻10号1239頁(いわゆる悪徳の栄え事件判決))であると判示するところ、当裁判所も、これらの判例と同様に解するものであり、現時点においてもこの解釈を変更すべき事情を見出すことはできない。
第1 1(1)ア(イ)(イ)
第1 1(1)ア(イ)a
 この点、弁護人らは、現代社会では、人々の価値観が多様化し、何が公益かを一律に判断することが困難となっており、そのような状況下において、国が特定の価値判断や道徳観念を保護して強制することは、法と道徳との分離という近代法の大原則に反するばかりか、憲法19条の思想・良心の自由や国家の思想的中立性にも反するから、最高裁判所の示す保護法益は、刑法175条の正当な立法目的とはなり得ない旨主張する。
 そして確かに、国家や企業、家庭や地域社会等の在り方の変化、社会の複雑化や国際化、多様な媒体を介しての膨大な情報の流布等といった様々な要因が相まって、人々の価値観が次第に多様化してきていることは、否定し難い事実である。
第1 1(1)ア(イ)b
第1 1(1)ア(イ)b(a)(a)
 しかしながら、日本国内においても、近時、様々な性表現物が氾濫して、一般の人々にも比較的容易に入手可能な状態となり、その内容も過激さを増してきており、その傾向は、インターネットの普及によって更に強まってきていることがうかがわれるところ、このような性表現物をめぐる社会状況の変化は、それ自体、性的秩序やその基礎となる最少限度の性道徳、更には健全な性風俗の維持にも脅威を及ぼしかねないものというべきである。【64頁】
第1 1(1)ア(イ)b(b)(b)
 こうしたインターネットの普及を受けて、いわゆるサイバー犯罪への対応のため、平成13年11月、「サイバー犯罪に関する条約」が欧州評議会で採択され、我が国もG7諸国や欧州の大多数の国と共に同条約に署名している。その後、法務大臣は、同条約の締結批准に向けた法整備のために、法制審議会に対し、ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する諮問を行い、これを受けて、法制審議会は、平成15年9月に、その要綱(骨子)の答申を行ったが、その審議の過程において、刑法175条の処罰範囲を、わいせつな電磁的記録に係る記録媒体の頒布等のほか、電気通信の送信によるわいせつな電磁的記録その他の記録の頒布等といったいわゆるサイバーポルノに拡張するための改正(同要綱(骨子)第2)については、全会一致で採択されている(ジュリスト1257号参照)。
 このようなサイバーポルノ規制の立法化に向けた動きは、我が国の法律専門家の間で、わいせつ物の頒布等を処罰する必要性のみならず、その処罰範囲をサイバーポルノにまで拡張する必要性についても、コンセンサスが得られていることを示すものである。
第1 1(1)ア(イ)b(c)(c)
 また、刑法175条の運用状況についてみても、露骨な性表現を内容とするビデオテープ、DVD、写真集等の頒布等については、今日においても、捜査当局による摘発が頻繁に行われ、その相当数が同条により処罰されている。すなわち、警察によるわいせつ物頒布等被疑事件の検挙人員は、昭和58年の2388人をピークに減少傾向にはあるが、平成10年が881人、平成14年も483人(このうちネットワーク利用犯罪の検挙件数は109件)を数える(各年度の犯罪白書による。)。わいせつ物頒布等の罪で有罪判決又は略式命令を受けた人員についても、ほぼ同様の傾向がみられるのであり、詳細な罪名別の統計が公表された最終年である平成10年には、有罪判決を受けた者が218人、略式命令を受けた者が311人の合計529人に及んでいる(各年度の司法統計年報2刑事編による。)。そして、このような刑法175条の運用について、一般国民から、特に不当とみられることなく、むしろ当然のこととして受け入れられていることは、公知の事実である。
 この点、捜査当局による摘発は、おびただしい数に上る性表現物の一部についてのみ行われ、同様の露骨な性表現物であっても、その相当数が摘発を免れているとうかがわれるが、これは、捜査当局の人員や捜査能力の限界に基づくものにすぎず、露骨な性表現物が事実上放任されているなどと評価すべき筋合いのものでないことはいうまでもない。
第1 1(1)ア(イ)b(d)(d)
 そうすると、価値観が多様化しつつある今日においても、法律専門家はもとより、一般国民の間においても、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗は維持すべきものであり、その脅威となるべきわいせつ物の頒布等は取り締まるべきである旨の社会的合意が確固として存在しているものと認めることができる。
第1 1(1)ア(イ)c
 さらに、性的秩序や性道徳、性風俗が乱れることは、強姦、強制わいせつといった性犯罪を誘発し、青少年の健全な育成を阻害し、あるいは売春等が蔓延するなどして、その被害者や青少年等の様々な人権を具体的に侵害するおそれを誘発することは自明の理である【64頁】。もとより、刑法175条によるわいせつ物の規制は、性犯罪の抑止や青少年の健全な育成、売春の防止等といった個々の具体的法益の保護を直接の目的とするものではないが、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗を維持することによって、これらの具体的法益の保護にも間接的に寄与するものということができる【64-65頁】。換言すれば、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持は、性犯罪の抑止や青少年の健全な育成、売春の防止等といった個々の具体的法益の保護【64頁】を下支えする基礎的な法益ともいえるのである。〔この段落末の2つの引用箇所は順序を逆転して使用〕
第1 1(1)ア(イ)d
 以上のように、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持は、性犯罪の抑止や青少年の健全な育成、売春の防止等といった個々の具体的法益の保護を下支えする基礎的な法益ともいえるものである【65頁】から、その保護は、決して、国家が一定の道徳や価値観を国民に一方的に押しつけるようなものではなく、国民の様々な基本的人権を保障するための基盤造りを目的とするものであって、憲法19条に違反しないことは明らかである【65頁】。しかも、わいせつ物の頒布等を取り締まるべき旨の社会的合意が確固として存在する以上、刑法175条によるわいせつ物の規制は、価値観が多様化した今日においても、十分に合理的根拠を有するものといえるのである。
第1 1(1)イ
第1 1(1)イ(ア)(ア)
 次に、弁護人らは、わいせつ物が出回ることにより性犯罪等が誘発される危険性の立証が全くなされておらず、刑法175条の立法事実、すなわち、同条による規制を必要とする社会的事実は存在しないから、同条の立法目的自体が正当なものとはいえない旨主張する。
 この点、弁護側証人として出廷した社会学者のHは、刑法175条による規制について、明治以降の@国民化のためと、A先進国の仲間入りをするに足りる民度や社会の体裁を備えていることを内外に示すためという2つの目的によるものであるが、現時点においては、その2つの目的は既に達成されている、また、性的メディアへの接触により性欲が亢進して性行動や性犯罪に及ぶという見方は、通念としては存在するが、実証的には全く根拠がないと述べており、同じく憲法学者のIも、人は他人や社会を害するのでない限りは一切自由であり、このことを表現の自由、特にわいせつ文書の規制の領域で考えると、わいせつ文書が実質的害悪を引き起こすことを経験科学的に立証する必要があるが、そのことはほとんど不可能に近いといえると述べている。
第1 1(1)イ(イ)(イ)
 しかしながら、刑法175条は、前判示のとおり、性犯罪の抑止自体を立法目的とするものではなく、直接には、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持を保護法益とし、その実現を介することによって、性犯罪の抑止等にも間接的に寄与しようとするものである。しかも、わいせつ物の頒布等が、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持を阻害するおそれのある行為であることは、社会通念上明らかというべきである。
第1 1(1)ウ
第1 1(1)ウ(ア)(ア)
 弁護人らは、漫画雑誌や漫画単行本の売上が急増しているのに、性犯罪による少年の検挙者数が大幅に減少していることなどを指摘して、わいせつ物の頒布等が性犯罪を誘発するというのは、科学的に何らの根拠のない俗信にすぎない【65頁】とも主張する。
第1 1(1)ウ(イ)(イ)
 そこでまず、少年による性犯罪の動向についてみるに、検察庁における少年による強姦又は強制わいせつ(いずれも致死傷を含む。)被疑事件の受理人員の合計は、昭和49年まで2000人を超えていたが、その後は減少傾向が続き、昭和55年に1571人、平成2年に743人まで減少して以降は、570人から840人までの間で増減を繰り返して、平成14年には568人となっており(各年度の検察統計年報による。)、家庭裁判所における保護事件の処分人員についても、強姦又はわいせつ(強制わいせつのほか、公然わいせつ、わいせつ物頒布等を含む。)非行事件の既済人員の合計が、昭和55年に1758人、平成2年に904人、平成14年に516人になるなど、ほぼ同様の傾向が認められ(各年度の司法統計年報4少年編による。)、少年の総数がかなり減少してきていること(満15歳から19歳までの人口は、平成2年が約1001万人であったのに対し、平成13年には約735万人に減少している。日本統計年報による。)を考慮しても、比較的落ち着いた状況にあるといえる。
第1 1(1)ウ(ウ)(ウ)
 しかしながら、成人・少年を問わない性犯罪の認知件数及び検挙件数の動向【65頁】〔ここから4件を繋げて使用〕は、これとは全く異なる様相を示している。すなわち、警察における強姦又は強制わいせつ被疑事件(いずれも致死傷を含む。)の認知件数の合計は、昭和50年に6545件(検挙人員は5622人)であったものが、次第に減少し、昭和61年の4041人(同じく2682人)を底に増加を始め、平成7年に5144件(同じく2624人)になり、更に平成11年以降は激増して【65頁】、平成12年は9672件(同じく3772人)、平成14年には1万1833件(同じく3485人)にまで達しているのである(各年度の犯罪白書による。なお、日本統計年報によると、満15歳から64歳までの人口は、平成2年以降、8600万人ないし8700万人前後で推移し、大きな増減はみられない。)。
 もとより、このように性犯罪が激増している原因を、前にみたような性表現物をめぐる社会状況の変化にすべて帰せしめることはできないにしても、性犯罪の増加は、社会における性的秩序の弛緩ないし性道徳の退廃を示唆するものであるから、性表現物をめぐる社会状況の変化とも一定の関係を有することは容易に推認できる【65頁】ところである。したがって、このような近時の性犯罪の動向に照らすと、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持は、とりわけ今日において、法的に保護すべき喫緊の課題であるともいえるのである。
第1 1(1)エ
 以上によれば、刑法175条によるわいせつ物の規制には、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持を保護法益とするものとして、今日においても、十分に合理的根拠があるというべきである【65頁】〔ここまで4件を繋げて使用〕から、同条の保護法益ないし立法目的に関する弁護人らの主張はいずれも採用できない。
第1 1(2)
(2) 刑法175条と表現の自由及び国民の知る権利との関係
 以上の判断を前提として、刑法175条と憲法21条、特に表現の自由及び国民の知る権利との関係について検討するに、刑法175条は、わいせつ物の頒布等を処罰する旨規定し、その限りで表現行為に対する一定の制約を課すものである。しかしながら、同条の規定が憲法21条には違反せず合憲である【65-66頁】ことは、最高裁判所が前記2件の大法廷判決を含む累次の判例において繰り返し示してきたところであり(以下、これら累次の判例を「最高裁判例」と総称する。)、当裁判所も、この判例の見解に与するものである。

 以下、弁護人らの主張に即しつつ、補足して説明する。
第1 1(2)ア
第1 1(2)ア(ア)(ア)
 憲法21条は、言論、出版その他一切の表現の自由を保障するものであるところ、表現の自由は、個人の思想や人格の形成・発展に必要不可欠なものであるばかりでなく、個人の思想や様々な情報の自由な伝達、交流を確保するという意味において、民主主義存立の基礎をなすとともに、文化の発展の根本的条件ともなるべき極めて重要な人権であることはいうまでもない。
第1 1(2)ア(イ)(イ)
 しかしながら、表現の自由といえども絶対無制限なものではなく、名誉毀損の例を考えれば明らかなとおり、表現行為が他の法益と衝突するような場合には、一定の制約を受けることがあり得ることは当然であり、もとより性表現物の頒布等においても同様である。〔判決原文にあったここの改行が引用には存在しない〕
 そして、刑法175条が、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持を保護法益とするものであり、今日もそのように解すべきこと、わいせつ物の頒布等は、これらの法益を害するおそれのある行為であることは、いずれも前に判示したとおりである。したがって、刑法175条がわいせつ物の頒布等一般を処罰の対象とすることには、十分に合理的根拠があるといえるのであり、そのため表現の自由が一定の制約を受けることがあっても、憲法違反とはならないのである。
【66頁】
第1 1(2)ア(ウ)(ウ)
 もとより、性表現物の中には、思想文書や文芸作品、学術論文や歴史的文物等のように性的刺激以外に表現物としての社会的価値を有するものも含まれているから、そのような観点からも、検討を加える必要がある。  そのため、最高裁判例は、前記悪徳の栄え事件判決において、文書の個々の章句の部分のわいせつ性は、文書全体との関連で判断されなければならないと判示し、昭和55年11月28日第2小法廷判決・刑集34巻6号433頁(いわゆる四畳半襖の下張事件判決)において、文書のわいせつ性の判断に当たっては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、その描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等とその描写叙述との関連性、文書の構成や展開、更には芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点からその文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味に訴えるものと認められるかどうかなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして決すべきであると判示しているのである。
 このように、刑法175条にいうわいせつ性の有無は、芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度にも配慮しながら、文書を全体としてみたときに、主として、受け手の好色的興味に訴えるものと認められるかどうかなどを検討し、その時代の健全な社会通念に照らして判断されるのであり、このような判断過程を経ることによって、わいせつ物の規制と表現の自由及び後にみる国民の知る権利との間の合理的な調整を図ることができるのである。
第1 1(2)ア(エ)(エ)
 したがって、刑法175条の合憲性に疑問の余地はないというべきである。
第1 1(2)イ
第1 1(2)イ(ア)(ア)
 ところで、弁護人らは、刑法175条がわいせつ物の頒布等を一律に規制することについて、規制の手段として合理性がないとも主張する。すなわち、同条の保護法益に関する最高裁判例の見解を否定しつつ、弁護人ら独自の見解に基づき、同条の保護法益を「見たくない自由」と措定した上、その立法目的を達成するには、見たくない人が不意打ちを受けないようにするために、いわゆるゾーニングを施したり、性表現物であることを明示するラベリングを施すような、より緩やかな規制をすれば足りるのであり、実際に、各地方公共団体においては、有害図書指定制度が整備され、ゾーニングによる販売が実現されているから、刑法175条による規制は必要最少限のものとはいえず、違憲である、というのである。
 そして、諸外国の立法例をみると、アメリカの多くの州のように、我が国と同様、わいせつ物の頒布等を広く規制する立法例がある反面、ドイツやフランスのように、青少年や児童の保護あるいは「見ない自由」の保護を規制目的として、その目的に応じた様々な規制をしている立法例も存在しており、立法政策としては、弁護人ら主張のような規制の在り方も考えられるところである。
第1 1(2)イ(イ)(イ)
 しかしながら、前に判示したとおり、刑法175条は、性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持を保護法益としていると解されるのであり、弁護人ら主張のように、わいせつ物を見たくない自由を保護法益とするものでも、各都道府県における青少年健全育成条例のように、青少年の健全育成を直接の保護法益とするものでもないから、弁護人らの上記主張は、まずもって、その前提を欠くものというほかない。
 そして、刑法175条の保護法益を上記のとおり解する以上、わいせつ物の頒布等一般を規制の対象とすることには、十分に合理的根拠があるといえるのであり、表現の自由との関係においても、立法裁量の範囲内にとどまるということができる。
 したがって、規制手段としての合理性に関する弁護人らの主張は、いずれにしても理由がない。
第1 1(2)ウ
第1 1(2)ウ(ア)(ア)
 また、弁護人らは、刑法175条が、憲法21条により保障された国民の知る権利を侵害するものであるから、違憲無効であるとも主張する。
 そして、本件漫画本が、実際に全国の書店で多数販売されていることからすれば、少なくとも購読者が性的欲求を満たそうとするなど娯楽の対象としての需要のあることは否定できない【66頁】
第1 1(2)ウ(イ)(イ)
 しかしながら、国民の知る権利が憲法21条1項の派生原理として導かれる権利であり、刑法175条によるわいせつ物の規制により、国民の知る権利を害し、上記のような需要を満たせなくなる事態が生じ得るとしても、表現の自由について判示したところと同様の理由から、違憲の問題は生じない【66頁】のである。
 この点、弁護人らは、本件漫画本が捜査当局によりいったん摘発されてしまうと、本件漫画本が社会通念に照らして真にわいせつな物であるかどうかという本件摘発の正当性を審査するために、本件漫画本の内容を公表して市民間で議論することが不可能になるとも主張するが、前記チャタレー事件判決にあるとおり、刑法175条にいう「わいせつ」な物に当たるかどうかは、法解釈、すなわち法的価値判断の問題であるから、裁判所の専権に属する事項というべき【66-67頁】であり、結果的に弁護人ら主張のような状況が生じたとしても、国民の知る権利を不当に害することにはならない。
 したがって、弁護人らの上記主張はいずれも理由がない。
第1 2

2 本件漫画本の摘発に関する主張について

第1 2(1)
(1)
 弁護人らは、捜査機関が本件漫画本をわいせつ図画に当たると判断した過程について、わいせつ性を判断するのに適格でない捜査員が不十分な検分により恣意的に判断し、その結果、捜索押収により事実上の発禁処分の効果をもたらしているから、本件に刑法175条を適用することは、憲法21条、31条に違反して無効であるとも主張する。
第1 2(2)
(2)
 しかしながら、後に判示するとおり、本件漫画本は刑法175条にいうわいせつ図画に当たると認められるのであり、捜査当局が本件漫画本を同条による摘発の対象として選択したことに何らの違法もない。しかも、本件捜査を担当したM警察官の公判証言を中心とする関係各証拠によれば、本件の捜査に当たり、警視庁生活安全部保安課所属の十数名の警察官が、長時間とはいえないものの、本件漫画本、その作者の別の漫画作品及び別の漫画家の漫画作品をそれぞれ回覧し、東京地方検察庁風紀係担当の検察官並びに有識者である刑法学者及び弁護士の意見を聞いた上、本件漫画本がわいせつ図画に当たると判断して立件したものと認められるのであり、このような強制捜査着手に至る過程にも、何らかの違法があったことを疑わせるような証跡は全く認められない。さらに、頒布前の本件漫画本について網羅的に差し押さえた点も、わいせつ物販売目的所持の捜査の対象となり得るものとして、違法不当の問題は生じないのである。したがって、弁護人らの上記主張も理由がない。
第1 3

3 明確性の原則ないし罪刑法定主義との関係について

第1 3(1)
(1)
 弁護人らは、刑法175条にいう「わいせつ」の概念は漠然不明確であり、表現行為に対して萎縮的効果を及ぼすという意味で、憲法21条の要請する明確性の原則に違反するとともに、憲法31条の要請する罪刑法定主義にも違反する旨主張する。
第1 3(2)
(2)
 しかしながら、この点についても、最高裁判例は、刑法175条の構成要件が不明確とはいえない旨繰り返し判示しており(昭和54年11月19日第2小法廷決定・刑集33巻7号754頁、前記四畳半襖の下張事件判決、昭和58年3月8日第3小法廷判決・刑集37巻2号15頁)、当裁判所も、これと同様に解するものである。
 若干補足すると、ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうかによって決すべきものである(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁参照)。そして、最高裁判例が判示するとおり、刑法175条にいう「わいせつ」とは、「いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」をいい(最高裁昭和26年5月10日第1小法廷判決・刑集5巻6号1026頁、前記チャタレー事件判決、同四畳半襖の下張事件判決)、その判断に当たっては、前記のような判断基準に従うべきものと解するのが相当である(上記四畳半襖の下張事件判決、同昭和58年3月8日第3小法廷判決)。したがって、同条の構成要件は、上記基準に照らしても不明確なものでないことが明らかというべきである。
【67-68頁】
 したがって、弁護人らの上記主張は理由がない。
第1 4

4 まとめ

 以上のとおり、刑法175条は合憲であると解されるのであり、同条により本件漫画本を摘発するに至った過程には何らの違法も認められないから、同条の違憲性、更には本件に同条を適用することの違憲性をいう弁護人らの主張はすべて採用できない。
位置内容
第2

第2 本件漫画本のわいせつ性について

第2 1

1 わいせつの意義、判断基準について

 以上判示してきたとおり、刑法175条にいう「わいせつ」とは、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいい、その判断に当たっては、前記のような判断基準に従うことになる。
 この点、弁護人らは、今日における「わいせつ」の判断基準として、「社会通念に照らし、現実に性器又は性交を見るのと同程度に強く性欲を刺激又は興奮させるような露骨、詳細で生々しい態様で性器又は性交行為が表現されており、その表現物を全体として観察し、性的に普通の成人を基準として、性を興味本位に捉えて専ら読者の性欲の刺激に向けられたものと認められること」と解すべきである旨主張するが、「わいせつ」の意義等について、このように限定的に解釈すべき合理的な理由を見出すことはできないから、弁護人らの上記主張は採用しない。
第2 2

2 本件漫画本のわいせつ性について

第2 2(1)
(1) 本件漫画本の構成、内容等について
第2 2(1)ア
 本件漫画本は、平成13年8月から平成14年4月までに販売された月刊の漫画雑誌に掲載されたDの作品を1冊の単行本にまとめて収録したものであり、1編16頁からなる短編8作品で構成され、うち1作品は前編と後編に分かれるため、全体で144頁に及んでいる。そのうち、表紙及び巻頭4頁のみがカラーで、残りはすべて白黒で描かれている。
第2 2(1)イ
 次に、本件漫画本における性に関する描写の内容・程度、その手法等について検討する。
第2 2(1)イ(ア)(ア)
 まず、本件漫画本では、すべての短編の中で、性交、性戯場面が露骨で詳細かつ具体的に描かれている。すなわち、性交、性戯場面では、登場人物の表情、性器の状態、登場人物の姿態の変化等が詳細かつ具体的に描かれ、特に性器自体や性器の結合・接触状態については、その部分だけを1コマとして描いたり、性器の結合状態を1頁のほとんどすべてを使って大きく緻密に描いたり、性器の結合部分に焦点を当てて描くなど、構図に工夫を凝らしながら、性器自体や性器の結合・接触状態を特に強調して描かれている。
第2 2(1)イ(イ)(イ)
 また、本件漫画本における性描写が占める割合についてみても、頁数では、全体の約82.6パーセント、各短編の75ないし87.5パーセントもの頁で、コマ数でも、全体の約68.5パーセント、各短編の約62.0ないし約76.6パーセントのコマで、性器ないし性交、性戯場面が描かれており、性器についても、全体の約35.0パーセント、各短編の約26.7ないし約50パーセントのコマで描写されている。このように、本件漫画本は、その内容の大半が性器ないし性交、性戯場面の描写に費やされているといえる。
第2 2(1)イ(ウ)(ウ)
第2 2(1)イ(ウ)a
 もっとも、本件漫画本は、表現形態が漫画であることに特色がある。
 この点、弁護人らは、手描きの絵による漫画と実写による写真等の性表現物との違いを強調し、手描きの絵では、容易に恣意的な操作を行うことが可能であるし、デフォルメ(変形描写)も施されるから、ある事象が絵によって表現されていたとしても、他人がそれを実在の事象と結びつけて考える度合いは写真に比べて低い、とりわけ、漫画では、特有のデフォルメが施されており、本件漫画本においても、通常の手描きの絵以上に、実在の性器や性行為とはかけ離れたものとなっており、普通人の性欲を刺激するかは疑問である旨主張する。
第2 2(1)イ(ウ)b
 確かに、漫画を構成する絵は、写真や映像とは異なり、手描きの線や点などで描かれるため、現実世界の事物が、絵の中では程度の差こそあれデフォルメされることになり、そのやり方次第では、性的刺激を緩和することも可能ではある。
 しかし反面、漫画という手法は、写真と同様に、性交、性戯場面をあり姿のまま表現し、読者の視覚に直接訴えることができるという点において、文字情報のみにとどまる文書と比べると、読者に与える性的刺激の程度をより強くすることも可能な描写手法であるといえる。【68頁】
 このような観点から本件漫画本をみると、登場人物の顔や着衣については、漫画特有のデフォルメが施されているが、その程度は、弁護人らが提出した漫画本等と比較しても、弱いものであり、顔以外の身体については、現実に近い形態や比率で描かれていると認められる。また、性器は、他の部位に比して大きく描かれ、その状態も、かなり誇張して描かれてはいるものの、本件漫画本の作者であるDが、モデルとしたものはないが、リアルでいやらしく描写することを心掛けたと述べるように、性器の形態や結合・接触状態の描写は、決して実物とかけ離れているようなものではなく、むしろ人の情緒や官能に訴え、想像力をかき立てて、実際の男女の性交、性戯場面を彷彿とさせるのに十分な迫真性や生々しさを備えているものと認められる。【68頁】現に、本件漫画本は、多数の読者が購入する結果となっており、そのこと自体、本件漫画本の性的刺激の強さを示すものといえるのである。
第2 2(1)イ(エ)(エ)
 また、本件漫画本には、一応、性器部分に網掛けしたり、白抜きにしたりすることでその部分の描写を隠すいわゆる「消し」と呼ばれる修正が施されている。すなわち、巻頭のカラー部分には、白抜きによる修正が、白黒の部分にも、出版業界でいう40パーセントの網掛けによる修正がそれぞれ施されている。
 しかし、白抜きによる修正は、その程度が弱いため、当該部分に描かれた性器の形状をおおむね把握することができる。また、網掛けによる修正も、性器の中心部のごく限られた範囲に施されているのみで、しかも、網掛けが非常に薄く、ほとんど透けて見えるため、当該部分に描かれた性器の形状がほぼ完全に把握できるようになっている。そのため、本件漫画本では、これらの修正を施したことによる性的刺激の緩和はほとんど認められない【69頁】のである。
第2 2(1)ウ
 次いで、本件漫画本において、漫画の構成や展開、芸術性・思想性等により性的刺激が緩和されていないかについても検討を加える。
第2 2(1)ウ(ア)(ア)
 まず、本件漫画本が何らかの芸術性や思想性の要素を含んでいるかどうかについて検討するに、各短編は、それぞれ短いながらも1つの物語を構成しており、この点、弁護人らは、本件漫画本には人間の性の本来の姿というべきエロチシズムがテーマとして一貫して描かれており、また、性器の描写は、このようなテーマを表現する上で必要なものであり、専ら読者の性欲を刺激するための手段とは認められない旨主張する。
 また、弁護側証人として出廷したポルノグラフィ等の評論家でもあるKは、本件漫画本では、性器は女性との関わり合いの象徴として描かれており、二者関係における性交渉というのは互いに快楽を交換するところにエロスがあるという作者のエロチシズムの象徴として性器が描写されており、それは専ら読者の性欲を刺激するための手段ではない旨述べており、本件漫画本の9本の短編のうち、7作品では、合意の上での性交、性戯場面が主として描かれていて、K証人が述べるように、そこには性や女性に対する作者の一定の意識等が反映されているとみる余地もないわけではない。
第2 2(1)ウ(イ)(イ)
 しかしながら、本件漫画本では、物語の展開に使われている頁数が前認定のとおり非常に少ない上、その筋書きも、冒頭の「新ヒロイン」という短編において、特撮ヒロインになる夢を持つ女性主人公が、スタントの仕事を辞める際、いわゆるアダルトビデオ(AV)の仕事を紹介され、AV女優となる覚悟を決めて、実際の性交を伴う撮影に臨むとされているように、いずれも作品の眼目である性交、性戯場面を導入展開するためのものにすぎず、作品の中心はあくまでも性交、性戯場面の描写にあるものと認められる。【69頁】
 現に、作者であるDは、当公判廷においても、本件の各短編が掲載された漫画雑誌は、あくまで成人向け雑誌であり、読者は性的な興奮を求めて購入するので、描写に当たっては性的な刺激の高い、リアルなものを描くことを念頭に置いており、自分の作品については、芸術作品だとは思っておらず、いやらしいものによる性的な刺激を求める読者の要望に応じて、それに応えるために書いていた作品であったと述べている【69頁】。また、関係各証拠によれば、本件漫画本を出版した株式会社A(以下「A」という。)の代表取締役である被告人も、同社が出版している他の漫画本と同様に、自己が経営する同社の営業活動の一環として本件漫画本を出版しているにすぎないのであり、本件漫画本の出版により何らかの芸術的・思想的な表明をしようとしたものでないことも明らか【69頁】である。この点、被告人自身も、捜査段階においては、いかに男性に感じてもらい、性的欲求を満たすかを目指して作品化していたと述べている【69頁】のである。
 このような本件漫画本の構成や物語の内容・展開等にかんがみると、平均的読者が、本件漫画本から、弁護人らやK〔裁判所サイトが用いる仮名Kを渡辺は削除している〕証人が主張するように、一定の思想や意識を読み取ると期待することは著しく困難というほかなく、したがって、単なる好色的興趣以上のものを看取することはほとんど不可能というべきである。【70頁】
 以上要するに、本件漫画本には、政治的言論はもとより、芸術的・思想的価値のある意思の表明という要素はほとんど存在せず、本件漫画本は、その芸術性や思想性等によって性的刺激を緩和する要素を含むものではないというべきである。
第2 2(1)ウ(ウ)(ウ)
 かえって、本件漫画本の有する物語性は、性的刺激を高める機能を果たしていると認められる。すなわち、本件漫画本は、単に性器ないし性交・性戯の一場面を写真のように静止画的に描いたものを単に集めたものではなく、漫画特有のコマ割り、登場人物の吹き出し等により、筋書きのある物語性を持たせて、その中に性交、性戯場面を織り交ぜているのである。とりわけ、各短編の筋書きは、前にみた「新ヒロイン」のほか、「相思相愛」や「這いずりまわる」のように、男性が女性を暴力的に陵辱し、特に前者では女性がそのような行為を愛の形であると述べるというもの、あるいは、「イノセント」のように、精神病院の女性患者が医師を異常な性交渉に誘うというもの、その余も、高校や職場で安易に乱れた性交渉が行われているというものであって、それぞれに暴力的、嗜虐的、反道徳的であって現実離れしたものというほかない。
 また、各短編中の性描写を含まないコマも、人物紹介ないし場面設定という側面は持たせてあるものの、結局は性交、性戯場面に導入展開させるための道具立て、あるいは、話の結末を付けるための添え書程度にすぎす、かえって、上記のような筋書きとも相まって、性交、性戯場面に至るまでの場面展開を盛り上げるなどすることにより、性交、性戯場面自体の性的刺激を増大させる役割を果たしているものと認められる。このように、本件漫画本は、物語性を持たせることによって、性交や性戯の1場面のみを写した写真よりも、読者に与える刺激の程度は大きいと評価することもできる。しかも、本件漫画本では、各短編ごとに、異なった場面設定を行い、異なった登場人物による、態様の異なる性交、性戯場面を詳細に描いており、形態的な描写のみならず、登場人物の発言や発声、擬音語や擬態語等も書き加えることによって、全体に臨場感を与えて、性的刺激を高めているといえるのである。
【70-71頁】〔引用は区切りなく以下へ続く〕
第2 2(1)エ
 以上によれば、本件漫画本は、正に、専ら読者の好色的興味に訴えるものと認められるのである。【71頁】〔引用は第2 2(1)ウ(ウ)から続けてなされ、「エ」の文字は引用文中に書かれていない。〕
第2 2(2)
(2) 本件に適用すべき社会通念について
第2 2(2)ア
 最高裁判例が判示するとおり、わいせつ性の判断に当たっては、その時代の健全な社会通念に照らし決すべきものである。
 この点、弁護人らは、表現行為に対する萎縮的効果を生まないように、社会通念の判断基準の明確化が必要であり、その判断に際しても、表現者に認識し得る事情を基礎とすべきであるから、本件漫画本が制作、販売された時代、巷間で流通していた弁護人ら提出の書籍を慎重に吟味して、社会の実態に即しながら判断すべきである旨主張する。
第2 2(2)イ
第2 2(2)イ(ア)(ア)
 そこで検討するに、もとより、時代の移り変わりに伴って、「わいせつ」に関する一般人の意識も変化していくものであり、社会通念もそれに対応する形で変化していくものと考えられる。そして、日本国内でも、近時、様々な性表現物が氾濫して、一般の人々にも比較的容易に入手可能な状態になっている上、その内容も過激さを増しており、その傾向はインターネットの普及によって更に強まるなど、性表現物をめぐる社会状況が徐々に変化していることは、前にみたとおりである。その結果、一般人が過激な性表現物にも馴れたり、受容するなどして、その意識に変化が生じ、それに対応する形で社会的認識が変化していくこともあり得るところである。
 しかしながら、わいせつ性の判断に際し問題とされる健全な社会通念とは、前記チャタレー事件判決が判示するように、社会を構成する個々人の認識の集合ないしその平均値ではなく、これを超えた集団意識であり、仮にこれに反対の認識を持つ個々人がいたとしても、その一事をもって否定されるべき筋合いのものではなく、ここでいう健全な社会通念がいかなるものであるかの判断は、裁判所に委ねられた法解釈ないし法的価値判断というべきである。
第2 2(2)イ(イ)(イ)
 そして、本件漫画本は、前認定のように、専ら読者の好色的興味に訴えるものであるところ、近時の性表現物をめぐる社会状況の変化は、それ自体、刑法175条が保護法益とする性的秩序や最少限度の性道徳、健全な性風俗の維持に脅威を及ぼしかねないものであり、最近の性犯罪の激増とも一定の関係を有するとうかがわれることは、前にも判示したとおりである。したがって、このような状況の中では、前判示のように価値観が多様化した今日においても、本件漫画本のような露骨で過激な性表現物を許容するような健全な社会通念が形成されているなどと解する余地はないというべきである。
第2 2(2)イ(ウ)(ウ)
第2 2(2)イ(ウ)a
 なお、弁護人らの主張に即しつつ若干補足するに、関係各証拠によれば、弁護人らが主張するように、本件による摘発以前には、捜査機関によって漫画本がわいせつ物の頒布等の罪により摘発されたことがないこと、本件漫画本を構成する9つの短編はいずれも、平成13年8月から平成14年4月までの間に発行されたA発行の雑誌「L」に連載されたものであるが、その連載中に、その作者であるDや被告人ら同社関係者が行政庁や捜査機関から指導や捜査を受けた形跡のないこと、弁護人らが証拠として提出した性交、性戯場面を露骨に描写した図画の掲載された漫画本、雑誌等が、平成11年ころ以降に現実に販売されて流通しており、今日まで摘発されていないことが認められる。
 また、弁護側証人として出廷した刑法学者で、大阪府の青少年健全育成審議会の会長をも務めるJは、本件漫画本と同様の漫画本(コミック類)が多数出回り、写真集の類の実写物も広く出回って、普通に書店で購入することができ、しかも、インターネットで国内では禁止されているような画像を個人的に普通に見ることができるという現状からすると、国民の多くがそういう事実を受け入れて、わいせつに対する考え方が大きく変わってきており、わいせつという概念が指し示す事実の範囲がかなり狭くなってきていると述べた上、本件漫画本は、青少年にとっては、刺激的なものであるから、有害図書として青少年健全育成条例による規制の対象とはなるものの、かなりデフォルメされた漫画で、実写物よりはリアリティに乏しいものであり、普通の大人がこれを読んで興奮することはまずないと思われるから、刑法175条にいうわいせつ図画には当たらない旨述べている。
第2 2(2)イ(ウ)b
 しかしながら、本件漫画本は、専ら読者の好色的興味に訴えるものであり、本件漫画本のような露骨で過激な性表現物を許容するような健全な社会通念が今日においてもいまだ形成されていないことは、前に認定判示したとおりである。また、J証人は、普通の大人が本件漫画本を読んで興奮することはまずないとも述べるが、同証人が青少年健全育成条例上の有害図書の審査のために繰り返し同様の図画を検分していることにも照らすと、同証人の本件漫画本に対する印象を一般化することは相当でない。したがって、J証人の上記意見を採用することもできない。
第2 2(2)イ(ウ)c
 さらに、関係各証拠によれば、捜査機関は、本件漫画本について捜査情報が得られるや、早期に摘発に及んでいることが認められる。また、被告人の公判供述によっても、新しい出版社から修正のほとんどない漫画本が出版され始めたのは、平成12年ころであったというのであり、弁護人らが提出した漫画本がいずれも平成11年12月以降に出版されたものであることも考慮すると、本件漫画本と同様に露骨で過激な内容の漫画本が社会に出回ったのは、本件漫画本が摘発される前の三、四年間にすぎなかったものと認められる。さらに、平成10年ころ以降、刑事事件、とりわけ凶悪事件の認知件数が激増していることも考慮すると(各年度の犯罪白書によると、殺人又は強盗(致死傷・強姦を含む。)の認知件数の合計は、平成9年が4091件、平成10年が4814件、平成12年が6564件、平成14年が8380件に及んでいる。)、捜査機関が漫画本に対する摘発をしなかったのは、凶悪事件等の捜査に忙しい中、その限られた人員や捜査能力を振り向ける対象として漫画本を想定していなかったためにすぎないとうかがわれるのであり、本件漫画本と同様の漫画本等が流通していることを承知していながら、あえて摘発せず放任していたなどとは到底認められない【71-72頁】のである。
第2 2(2)イ(ウ)d
 また、弁護人らが証拠として提出した出版物のうち、浮世絵ないし江戸時代や明治時代の春画は、それぞれに、著名な浮世絵作家の作品として、あるいは懐古趣味に応える歴史的文物として、興味を抱かせるものであり、性行為の指導書も、夫婦を中心とする男女の性生活の充実に資するものであるなど、本件漫画本とは、読者が興味の対象とする目的及び内容を異にしており、専ら読者の好色的興味に訴えるものとはいえない。また、その余の漫画本ないし漫画雑誌の中には、本件漫画本と同様に、専ら読者の好色的興味に訴えるものや、中には修正が施されていない漫画本も見受けられるが、その多くは、漫画特有のデフォルメが本件漫画本以上に強く施されているために、本件漫画本と比べると、現実味や迫真性に欠けるものが多いと認められる。結局、本件漫画本は、弁護人らが提出した漫画本等との比較においても、特に性表現の露骨さや詳細さにおいて劣るなどとは到底認められず、むしろ現実味、迫真性は、かなり高い部類に属すると認められる。【72頁】
第2 2(2)イ(ウ)e
 そうすると、弁護人らが指摘する事実を踏まえて検討しても、本件漫画本を許容するような健全な社会通念は、今日も存在しないというべきである。
第2 2(3)
(3)
 以上みてきたとおり、本件漫画本は、性に関する露骨で詳細な描写の程度とその手法、性に関する描写の漫画全体に占める比重、漫画に表現された思想等とその描写との関連性、漫画の構成や展開、芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、そして、これらの観点から本件漫画本を全体としてみたときに、専ら読者の好色的興味に訴えるものと認められることなどの諸事情を総合すると、今日の健全な社会通念に照らしても、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するところの、刑法175条にいう「わいせつ図画」に該当すると認めるのが相当である。
位置内容
第3

第3 故意について

 弁護人らは、被告人には、わいせつ図画頒布罪の故意が欠けているか、又は本件漫画本がわいせつ図画でないと信じるにつき相当な理由があったから、同罪の故意は認められず、被告人は無罪である旨主張するので、以下検討する。
第3 1

1 構成要件的故意について

 わいせつ図画頒布罪の故意が成立するには、前記チャタレー事件判決が判示するとおり、当該図画の描写の内容とこれを頒布することについての認識があれば足り、その描写が刑法175条所定のわいせつ性を具備するという認識まで必要としないことは明らかである。
 そして、本件漫画本が露骨で詳細な性描写で占められていることは、一見すれば誰にも明らかなことである。しかも、関係各証拠によれば、被告人は、本件漫画本を出版するAの代表取締役として、その刊行に当たり、修正の程度を50パーセントから40パーセントに軽減するよう指示したり、原稿を確認した上で、セリフの一部についての修正さえ指示するなどしており、最終的に完成した本件漫画本も通読して内容を確認していることが認められる。
 したがって、被告人が、本件漫画本の内容を把握した上で、これを頒布したことは明らかであり、故意が成立するための認識に欠けるところはなかったものと認められる。
第3 2

2 違法性の意識について

 次に、被告人の違法性の意識について検討するに、被告人は、この点、当公判廷において、おおむね以下のように供述している。すなわち、新規参入の出版社は、ほとんど修正がない性表現を含む漫画を出版していたが、特に警察から警告を受けたり、摘発されたりという話は聞かなかった、毎日いろんな雑誌を買ってきては、自社のものと見比べて検討しており、書店側から業界で6位か7位程度と言われる程度でやめておこうと考えていた、また、浮世絵が摘発を受けていないので、漫画の場合も無修正で大丈夫だろうと思っていた、本件漫画本は摘発されるべきでないと思ったが、摘発のおそれがあるから、それを消すために修正を入れた、本件漫画本の程度の修正で十分と思ったのは、同程度の修正しか行っていない他の出版社が摘発されたと聞かなかったためである、自分が犯罪をやっているという認識は全くなかった、などと供述している。
 しかし、被告人の供述によっても、被告人が自己の行為を適法と誤信したとする根拠は、要するに、無修正の浮世絵や自社よりも修正の程度が弱い漫画本を刊行している出版社について警告や摘発があったと聞かなかったことに尽きるのであり、被告人が所管官庁に相談に出向くなど、公的機関の指示を仰ぐなどした形跡は全く認められない。
 そうすると、被告人が、その述べるように、自己の行為を適法であると誤信していたとしても、そのことについて相当な理由があるとは到底認められず、違法性の意識に欠けるところはないというべきである。
第4

第4 結論

 以上のとおり、刑法175条は合憲であり、本件に同条を適用することにも何らの違法も認められないのであり、しかも、判示事実はいずれも、本件漫画本のわいせつ図画への該当性の点を含めてすべて認定することができるから、これに反する趣旨の弁護人らの前記主張はいずれも採用しない。

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