人権侵害調査報告書について

 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)によるポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、女性・少女に対する人権侵害調査報告書について、散発的に様々な突込みがなされてきた。報告書が抱える問題の全容が明らかになりにくいので、以下にまとめておく。

調査

 報告書は、実態に関する調査報告を含む。この部分について、以下に触れる。

概略

 報告書に書かれた調査は、幾つかの意味で不完全である。この調査は、大手メーカーに関する記述を通じての業界の概況と、匿名化された個別の事例のみを示している。両者それぞれについて、後述するような問題がある。なお、後掲の指摘を言い換えれば、両者の中間の話がないと表現することもできる。報告書は、いわば、小さな挿話と雲の上の様子だけによって世界の全容を論じたことにしているのである。

業界

 業界の概況は、元AV女優の川奈まり子が指摘したように、製作会社等への言及なしに書かれている。また、関係先への聞き取り等もなされていない。製作から流通に渡る状況をを十分に調査したならば、このような「調査」を公表することはできないだろう。他方で、報告書は、大手メーカーの主要取引先を列記している。取引先を圧迫する意図が、ここから推測可能である。

聞き取り

 聞き取り調査の成果は、匿名化されている。関係した会社や個人を容易に推定させる記述は、なされていない。事の性質に照らせば致し方ないのかも知れない。しかし、このような方法は、その内容を検証する可能性を閉ざす。それ故、その真偽が明らかでなくなる。
 また、聞き取られたとされる内容が信頼可能であるとしても、なお問題がある。それが特殊な事例なのか、それとも平均的な事例なのかが明らかでないのである。この点については、推測可能な程度の事情さえ何ら示されていない。このことは、下に掲げる通り、報告者側も間接的に認めておいでである。

AV女優さんから「強要はない」というコメントがあるという。そういう人がいるだろう。でも一方私は、現に強要されている人をみてきた。裁判事例もある。業界の広告塔としてSNSで発言する役割を負わされてる女優さんがいるのも知ってる。

— 伊藤和子 Kazuko Ito (@KazukoIto_Law) 2016年3月7日

 報告書のような事案を否定する説も、下に掲げるように主張されている。

@yohji38 あーAV出演を強要とかですよね??それ、昨日も話していたのですが、今時この仕事や業界強要してもなんの借金返済のあてにもならないですよ??こんなに不定期収入の仕事無いですからね。とりあえずうちの事務所では、誰かに強要されて所属してる人なんて一人も居ないと思います??

— 藤本梨花@AV女優 (@rika_fujimoto) 2016年3月6日

ワロタwwいつの時代の話してるのこの人たちは…w

「自殺に追い込まれた」「過去から逃れるために整形」AV出演強要の調査報告書公表|弁護士ドットコムニュース https://t.co/5prJMR9URc @bengo4topicsより

— かさいあみ@最終章 (@andu072) 2016年3月4日

深夜に一言だけ。
私は、通行人役のエキストラや急きょでの誰かの代役、そしてハードな撮影もいろんなAVの撮影をして頂いてきました。
少なくとも私が見ている今のAV業界は
「とてもクリーンです」
自分の意志でやらせて頂いています。
そしてたくさんの仲間も…
その事実をお伝えします。

— 初美沙希(さきっぽ)スカパー!の向こう側 (@saki_hatsumi) 2016年3月4日
 これらの主張も、限られた経験に基づいた平均的な状況を反映しないものであるかも知れない。このような見方を否定する根拠は示されていない。それは、報告書に書かれた事例についてと、全く同様である。
 それが業界で一般的な事象なのか、それとも偶発的な事象に過ぎないのか。この点について明かすものは、存在しない。調査されるべきは、この点ではなかったのか。

 同業界内からも、後掲のような異なる指摘が見られる。これらは、個々の事案か、せいぜい個人の体験の話しかしていないと見るべきだろう。そういった小さなものではなく、一般的・平均的な状況を語る基盤が求められている。

ある女優さんがAV業界はクリアです、なんて発言してたけど、んな訳あるかい。私も含めてAVって理解して仕事してるからそういう事が言えるんだろうけど、理解してても理不尽な事が沢山ある。細かい事言えば沢山あるけど、AV出演強要の被害者は芸能界だと認識して事務所と契約してるから

— 志村玲子@セクシーアクトレス (@shimurei0324) 2016年3月8日

AV強制出演問題ね…今に始まった事では無いけど、自殺者も沢山いたし…最近は、安易に出演したがる女の子が増えて、業界全体のモラルが低下したような気がするなぁ…と…過去の出演作品を無くしたいとか相談窓口があるのも驚いた。勝手にDVDで再発されて、ギャラ無いのも含まれるかしら(笑)

— 沢口みき (@miki_sawaguchi) 2016年3月5日


小括

 以上の通り、少なくとも、業界についての中途半端な理解に基づいていることと、示した事例が特異であるか否かが何ら検討されていないことについて、報告書が示す「調査」結果は不十分である。

提案

 報告書は、制度的な手当てを要求している。これは、明示された十件の事例を平均的・一般的なものとして理解したことを意味する。この前提の当否とは別の問題が、そこにある。

前提との関係

 前提となる「調査」の質に照らせば、制度への提案自体が成り立たない。「ひどい話だ。だからなんとかしよう。」というような単純な主張は、一般に失当である。交通事故が悲惨だから自動車を禁止しようとか、殺人を犯す者を許せないので人間を禁止しようとか言い出す者がどう見られるかを考えれば、この点は明らかである。不十分な調査に基づく主張は、その種のものと変わらない。

内容

 前提についての問題に目をつぶったとしても、提案された内容には問題がある。真面目につついたらキリがないので、以下では、一部の論点についてのみ扱う。

全般

 報告書にあるのは、「調査」に基づき、そこで見られた問題を解決するための提案である。そこでは、関連する他の事項への波及的影響が検討されていない。影響を波及させないならば、なぜAVに特別の扱いをするのかについて説明せねばならない。いずれの検討もないという周到さの欠如が、提案の実現可能性を損なっている。

刑法175条

 報告書は、刑法175条の書かれざる要件の一つを無視している。それは、表で堂々と語られるものではない。しかし、専門家を自称する者が知らないというのもありえない。これが何らかの意図に基づいたことなのか、それとも単なる知識の欠如なのかは、定かでない。
 いずれにせよ、この点に関する問題の故に、ある前提に基づく提案は、少なくとも直ちには実行不可能である。これを可能にするためには、報告書が有害業務性を認めるものについて、明確に適法とされる範囲を拡大しなくてはならない。

「消費者保護」

 報告書は、「消費者保護」の枠組みでの対策を提案する。しかし、AVの製作に関連してなされる活動は、消費者と売り手の間のものではない。両者は、構造的に似たところがあるとはいえ、性質が異なるものではある。にもかかわらず、検討も説明もごく僅かのままにこのような提案がなされている。現在の消費者保護に関する制度の体系を大転回する提案としては、異常である。

小括

 以上の通り、報告書がなす提案は、周到さを欠くと一言に表現できる諸問題の故に、実現性のない内容を少なくとも一部に含むものである。

報告書全体

 この報告書は、そこに書かれた意図や目的とは無関係に、様々な効果を持つ。これについては、例えば下のような指摘がある。

モデル契約のはずがAV出演を強要され、性感染症やPTSD、自殺者も https://t.co/mmbZD5Mdjo

こういう契約違反は、セックスワーク以外にもあるし、その方がずっと多い。
そこに留意しないと、セックスワークを不当に貶める差別になる。人権派が人権を蔑ろにする図。

— 今一生 (@conisshow) 2016年3月5日

 そういった効果について配慮した形跡は、見られない。この意味で、報告書は配慮を欠く。

解決策

 もし、この報告書を実のあるものにしたいのならば、最初に必要なのは、失敗作としての撤回である。その上で、川奈まり子案にあるような調査をなし、立法事実を確認する必要がある。細々とした対策の立案は、その後で初めて可能となる。このようなずさんなものを振り回したところで意味はない。やるべきことは、意味のある提案である。そのためには、しかるべき前提が必要である。人権団体として深刻な人権侵害をなくそうと云うなら、批判に対して見て見ぬふりをしたり全否定をしたりせず、真摯に改善することを期待したいものである。
 そして、この報告書が、示された意図と別の目的によるものであるというのなら、その目的を堂々と明かすべきだろう。如何にずさんなものでも、その目的のための作文としてならば、十分なものとして理解され得るかも知れない。
(2016年3月8日)


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