novela 復活祭「星の想い」参加作品
/制限事項なし/本編は本館に掲載/

スティラート

広川 侑
 エスターテ。エンザークの南――明るい太陽と色とりどりの花々を配し、人々は陽気で温かい。精霊エスターテが宿る地。
 その地のみならず、エンザーク一の腕を持つといわれる鍛冶屋のマシューには、それぞれ二十歳、十七歳、十歳になる三人の息子がいた。明るく働き者だった妻は末っ子のスティラートが五つになった年に病で失ったが、まるで彼女の守護があるかのように、宮の御用達を賜るその腕になんら翳りがでることはなく、日々平穏に過ぎていた。
 ある日、宮の使者である緑の騎士がマシューの家を訪ねた。
「悪いね、マシュー。頼みたいのはこれだ」
「伺っております、セルシュ様。打ち直し、明晩にはお手元に」
「いや、急ぐ必要はないのだよ。ただ、仕事の合間、ちょっと頼みがある」
「は」
「あなたのところの小さいぼうや……何と言ったか」
「ステラ、ですか」
「そう、スティラート。彼をね、お借りしたい」
「……は……それは」
「なに、エスターテに来ることは滅多にないのでね、彼に案内を頼もうかと。それに、わたしも彼に見せたいものがある。だめかな」
「いえ、そんな。あんなのでよろしければご存分に。おい! ステラはいるか?」
 マシューの声に応え、奥の部屋からひとりの少年が姿を見せた。黒髪に黒い瞳、意志の強そうな眉をした彼は、手招きされて父の隣に立った。
「ご挨拶を」
 言われて、ぺこりと頭を下げる。
「また背が伸びたね、スティラート。いくつになった?」
「十です」
「そうか。息災で何よりだ」
「――なにか俺に?」
「こら! なんて口を利くんだおまえは!」
「てっ!」
 父に頭を叩かれて、スティラートは首をすくめた。
「これこれ。よいではないか、マシュー」
 笑いながらそう言ったセルシュに、マシューが申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「これからしばらくわたしに付き合ってもらえないか? スティラート」
「――セルシュさまに俺が?」
「少々エスターテ内を見せてほしい。通り一遍の観光ではなく、本物をね」
 セルシュのやわらかな笑顔をみつめていたスティラートは、やがてひとつ頷いた。
「俺でよければ」
「うん。ありがとう。それじゃ――これを、マシュー」
 スティラートの答えにより一層の笑顔で頷いたセルシュは、懐から淡い水色の封筒を取り出すとマシューに手渡した。
「これは……」
「わたしたちが出かけたら、封を切るように。ではスティラート、ちょっと遠出も考えているので、支度があるならしておいで。表で待っているから」
 その言葉に、スティラートは奥の部屋へと向かった。
「――セルシュさま……これは……」
 手の中の封筒を見つめたままマシューは顔色をなくしていた。封筒には、透かしで紋様が入っている。それは――
「すべては、彼次第だよ、マシュー。わたしは三日後にここに戻る。話は、そのときに」
「……は……」
 深々と頭を下げたマシューに見送られ、セルシュは表へ出た。
「お待たせしました」
 家の裏口からスティラートが駆けてきた。上着を着て、布でできた小さなポシェットを肩からたすき掛けにしている。
「それじゃ、出かけようか。まずは、一番景色がいいところはどこかな?」
 栗毛の愛馬にスティラートを引き上げ、自分の前に座らせながら、セルシュはそう訊いた。ちょっと考えて、スティラートはこう答えた。
「ファロの丘。いまならオリーブとオレンジの花がきれいかな。でもセルシュさま――なんで俺なんかに?」
「わたしの案内役はつまらないかい?」
「い、いいえっ、そーゆーことじゃなくてっ」
「はは。わかっているよ、単にふしぎなだけだよね。実は、案内と同時に、付き合ってもらいたい場所があるんだ」
「付き合ってもらいたい――場所?」
「エスターテの民といえど、そこへは滅多に行けないところだ。いやかな?」
「……いやじゃないけど…………いいです、お付き合いします。宝剣の打ち直し、すぐにはできないでしょうし」
「そうそう、暇つぶし、ってね。行くよ」
 そして。セルシュとスティラートを乗せた栗毛は、ファロの丘へと駆け出した。

* * *

 日が暮れるまで、ふたりはエスターテのあちこちを回った。エスターテ生まれでエスターテから出たことがないスティラートにとっては、すべてが自分の庭のようなもの。誰にも知られていないとっておきの場所を、惜しげもなくセルシュに教えた。どの地でも、花は途切れることなく咲き乱れ、果樹はそれぞれに実を結び、真っ青な空と爽やかな風がふたりを迎えた。
 やがて。夕闇が近くなり、セルシュは愛馬をとある森の奥へと進めた。それには、さすがのスティラートも慌てた。誰もが踏み込むことを許されていない森。それは所謂「聖地」――精霊エスターテの神聖なる森と呼ばれる地であったからだ。なにか言おうとするスティラートを笑顔で黙らせたセルシュは、ゆっくりと栗毛を進ませながらスティラートに訊いた。
「この森に関して、なにを知っている?」
「――精霊の森だと。だから決して入るなって言われてます」
「なぜ入ってはいけないんだ?」
「だから、精霊が」
「どうする? 怒るというわけか?」
「……わかりません。でも、おとなはみんなそう言うんです」
「なるほどね。で――スティラート、君はどう思っている?」
「――神聖であることはわかります。でも、入るなというには他に理由があるんじゃないか、と」
「ほう。それで?」
 セルシュの問いに、スティラートはしばらく黙った。森の奥をじっと見つめ、木々の梢を見つめて。
 そして。うつむくと、消え入りそうな声で、こう言った。
「五龍の……騎士……」
「ん?」
「エスターテには、エンザークを守護する五龍の騎士のひとりがいる。その騎士が、この森にいると……」
「――アクア・ディーオ・カヴァリエーレ……」
「は?」
「アクアの五龍。それを司る守護龍騎士アクア・シール」
「……アクア……シール……」
「エスターテ守護に就くのは、赤龍の騎士。たしかにそうだね」
「せき……りゅう? 赤い龍、ですか」
「その話、誰から聞いた?」
「え? 誰って…………実は……よくわかんないんです。でも、小さいときから、俺のなかにある。誰が言ってたかは覚えてないけど……」
「そうか――ほら、ここだ」
 そのセルシュの声に、スティラートは顔を上げた。その目に、大きな白亜の館が飛び込んできた。
 門をくぐり広い前庭を抜け、セルシュは館の前で愛馬を降りると、呆然としているスティラートを伴って扉を叩いた。

* * *

 燃えるような赤い髪と藍の瞳。その顔をみて、スティラートは息をするのを忘れた。
「ご苦労だったな、セルシュ。マシューには?」
「手紙を。ただ、封筒をみただけで、あらかた察しはついたようでしたが」
「そうか。よう、元気そうだな、坊主。なんだなんだ、なんて顔をしてる?」
「…………は……は……は………………」
「なんだよ。いつも会ってるだろ?」
「なっなっなっ……なん…………で…………」
 パニックだった。「ここ」に「彼」がいることが、スティラートには理解できなかった。
「おいおい」
 彼は、スティラートのまん前に来るとしゃがみこみ、笑顔でその目をまともに見つめた。
「いつもの威勢はどうした、坊主。俺の顔を忘れたか?」
「人が悪いですよ、かわいそうに。こんなところであなたに会えば、スティラートでなくてもこうなります、ガーナ」
「そうかな。こら坊主、俺が誰だかほんとにわかってるか? おい」
「……エ……エ……エスターテ伯……ガーネット・ポワット!!」
「よし。よくできた」
 そういうと、ガーネットはスティラートの頭にぽんと右手をのせ、くしゃくしゃと髪をかきまわした。とたんに、スティラートはその場にぺったりと座り込んでしまった。
 エスターテ伯ガーネット・ポワット。年の頃は三十代後半か。宮から伯爵の称号を戴き、エスターテを統治している。民にとっては「御領主さま」というような存在だ。爵位はもっていても、それを笠に着ることをまったくしないこの伯爵に、民は比較的気安く接していた。また、そうされることをこの伯爵も望んでいた。いつもは気安い土地の若様――が、ことが起きれば、それは一変した。最大最強のちからをもって、この地と民を必ず守護した。民は彼を信じ敬い、「精霊エスターテの加護を持つ君」と呼んで慕っていた。
 領主の館は、南の丘にあった。この森とは、まったく反対の方向。
「そんなに不思議か? おい」
「ガーナ。つつくのはそのへんに。ほら、立って、スティラート」
 呆然と座り込んだままのスティラートに、セルシュが手を貸し立たせた。
「夕食まではまだ少しある。おいスティラ、ちょっと付き合え」
「……なんで…………なんであんたがここにいるんだっ!?」
「お。早速きたか。おまえはそうじゃなきゃな、それでこそスティラートだぜ」
 ショックから立ち直ったとたんに、スティラートから疑問が機関銃のように飛び出した。ガーネットのまん前に立つと、彼を睨む。
「なんでだよ! ここは精霊の森だ、人の身が住まえるところじゃ」
「いいから付き合えよ」
 しかし。所詮はお子さま。ガーネットは笑いながらスティラートをひょいと肩に抱き上げた。
「なっ、なにすんだ!」
「晩飯前に、一振り付き合え」
 言いながら、ガーネットは庭へと歩き出した。
「はなせ! おろせよっ!」
 暴れるスティラートをものともせず、笑って。
「おまえは有望株だからな。たぶん、今のおまえと対等に手合わせできるのは、ドミートリィとカイルくらいだろう。どのくらい強くなってるかみてやる」
「い、いらねーよっ! 俺は剣なんか持たねーんだっ!」
「なに言ってる、鍛治屋の息子のくせに」
「好きで鍛治屋に生まれたわけじゃない! おろせってば!」
「ほら」
 暴れていたのを不意に地面におろされ、スティラートは勢いあまって倒れそうになった。その目の前に、大振りの剣が差し出され、息を呑む。
「おまえの剣だ、スティラ。それとも、これじゃまだ持て余すか? 育ったって言っても、まだまだちびだしな」
 その言葉に、スティラートのなかで火がついた。ガーネットをまともに見返した黒い瞳に、炎が立ち上がる。その目に、ガーネットの口元に笑みが浮かんだ。
「それじゃ――お願いします」
「ぬかせ、この野郎!!」
 ふたりの剣が、鋭い音をたてた。

* * *

「いいよバトラー。自分でやるから」
「左様ですか?」
「だからー、それ、やめようよ。なんでいきなり口調がかわったんだ?」
「私は当家の執事ですので。あなたは今日は伯爵さまのお客様であらせられますから」
「やめろってば。いつもの口調に戻ってよ、バトラー。意味悪い」
「左様で?」
「うん」
 言いながら、スティラートは首までお湯に身を沈めた。
 結局、やられっぱなしだった。スティラートの剣の腕は、みなが認めていた。おとなといえど簡単に勝つことは難しい。けれども世間は広い。
「お相手が伯爵であの勝負、ご立派です」
「どこが。勝負になんかなってねーじゃん。一方的に俺がやられただけだ」
「それでも。その腕、間違いなく本物ですよ。もうじきお食事です。では」
「…………」
 バスルームにひとり残されたスティラートは、バトラーの言葉を反芻した。
 頭のてっぺんから足のつま先まで全身をバスタブに沈め、考えをまとめる。
 結局は、伯爵には勝てない――そういうことだ。けれど、それには注釈がつくらしい。
 本物――それはどういう意味なのか。
「スティラート!」
「うわっ」
 いきなり、からだがお湯から引き上げられた。
「なにをしているんだ、君は!」
「――セルシュさま?」
 目に入るしずくを拭うと、目の前に真っ青なセルシュの顔があった。
「いったいどうしたっ? 具合が悪いのかっ?」
「な。なにがです?」
「なにがって……! どうしてお湯に沈んでいたっ?」
 その言葉で、いったいなにが起きたのかスティラートはやっと理解した。
 考えをまとめるときの自分のくせ。一分ほどなら難なく水の中にもぐっていられるスティラートは、いつのころからか乱雑な問題を風呂のなかで考えることが多くなっていた。全身を沈めて、その問題だけに一点集中する。時間が限られているからか、比較的あっさりと自分がとるべき道を決定できた。しかし、他人からすれば――たしかに「なにをやっている!」と叫ぶだろう。
 青い顔をしてもう放すものかとばかりに自分の両腕をしっかりと掴んでいるセルシュを見つめ、彼の自分に対する気遣いをはっきり手にした。
「ごめんなさい、セルシュさま。これ、くせなんです」
「……なに?」
「調子が悪いとか何らかの事故でおぼれかけたってわけじゃないです。考え事があると、つい潜っちゃう。それで答えがみつかることも多いので。驚かせてごめんなさい、俺は平気ですから」
 きちんと説明し、素直に頭を下げた。とたんに、セルシュに安堵の表情が浮かんだ。両腕を掴んでいた手からちからを抜き、スティラートを解放する。
「……そうか……。それならいいが……驚いた……」
「まさかセルシュさまがいらっしゃるとは思ってなかったので……」
「そうだね、普通は入浴中はひとりだから……こちらこそ悪かった」
「いいえ。それで? どうしました?」
 渡されたタオルで髪のしずくをふき取りながら訊くと、いつもの笑顔でセルシュが答えた。
「食事だよ。ガーナが待っているから」

* * *

 それは、夜半。
 慣れない寝床になかなか寝付けなかったスティラートが、それに気付いたのは偶然だった。
 テラスへと通じる窓に、ほのかにうつる光。
 寝台を抜け出し、そっと窓際に立ってみて――息を呑んだ。
 ――鬼火っ? いや、あれは……敵……!?
 ほの青く光る、無数の、発光体。スティラートから見える範囲でも、それらが館を取り囲むようにしているのが判る。
 寝巻きを脱ぎ捨て服を着ると、枕元に置いていたポシェットをつかんで部屋を出た。
 なるべく窓から身を隠して長い廊下を抜け、厨房を通り、裏手から庭へと向かった。薔薇の茂みに身を隠し、上空を見上げる。左斜め前方に自分がいた部屋の窓が見え、そこから見たのと同じ光景がスティラートの目に映っていた。
 ほのかに青い球体は、なにをするでなく館を取り囲んでいた。ときおり強く発光したかと思うと、数が増えた。
 スティラートは、静かに息を殺し、それを見ていた。肩からたすき掛けにしたポシェットに、そっと右手を忍ばせている。
 やがて。
 光の球が集まりだした。ほのかな青い光は濃紺の影となり、球体はひとがたを形作った。何体か姿をあらわしたそれは、黒いヴェールまとい剣を携えていた。なかの一体が剣で館の外壁を斬りつけた。斬れるはずがない石壁が、バターのように斬られていく。それと時を同じくして、館の反対方向からも騒ぎの声があがった。
 ――やっぱりか、あんにゃろう!
 相手の意図が攻撃だと確認したスティラートの行動に、容赦はなかった。
 ポシェットから抜いた右手に持っていたものに一瞬左手を触れ、そのままためらいもせず相手めがけて投げつけた。正確無比に狙った場所に落ちたそれは、鈍い音とともに破裂し、その場の全員を巻き込み吹き飛ばした。その音に、散らばっていた敵たちがなにごとかと駆けつけてくる。
「どこのどいつだか知らないが、この地で好き勝手はさせねえぞ!」
 茂みから走り出したスティラートは、何人もの敵が転がっている破られた壁の前に立ちはだかった。ポシェットから出した右手に、黒い塊。じりじりと迫る敵を睨んだまま塊を小さくちぎり、さらに左手に持った火種に接触させ、そして。
「来るなら来い! 手加減しねえっ!」
 右手を離れた黒い球が、敵のなかで炸裂する。
 一挙に、戦闘になった。
 スティラートが持つのは、爆発を招く黒い火薬だけ。それでも、それだけで、近づこうとする敵を確実に仕留めていく。
 が、所詮は多勢に無勢。一気にいくつもの爆発を起こさせ時間を稼ぐが、どこからあらわれるのか相手が減る様子はない。斬りこまれ、避けそこなった剣の先が、スティラートのからだに薄く傷を刻み、確実にちからを奪っていく。体力的にも、十歳になったばかりの身には相当な負担があった。
 火薬の量を増やし大きな爆発を狙って投げたそのとき、見えない黒い気配が右横に立ったことを直感で感じた。
 ――しまった……!
 咄嗟に振り返った目に映ったのは、額の前に迫った黒い剣先。
 ぎゅっと目を閉じた。
 が。
 鋭い、金属音。
 うすく目を開けてみたそこには。
「よくやった。あとはまかせろ」
「…………はく……しゃく……っ」
 額と剣の間に、見慣れた赤い髪。
 スティラートを左にかばったガーネットの剣が、敵を両断した。
「セルシュ! 結界!」
「お任せを」
 ガーネットの声に、庭の先からセルシュがそう応えた。一瞬おいて、館全体を包み込むように透き通った緑の光が立ち上がった。
「雑魚がなめたまねしやがって。このくらいで片付けられると思ったか? 俺も甘く見られたもんだな」
 その言葉に、スティラートはガーネットを見上げた。
 薄く笑いを浮かべた口許に反し、その藍色の瞳には表現できないほどの光が宿っていた。少なくとも、スティラートが知っているあの伯爵とは何かが違っていた。
 と。
 スティラートは、目の前で起こった一瞬の輝きをとらえた。目の前――ガーネットの腕の中から見上げる彼の左の胸元。
 咄嗟に顔を上げたスティラートの黒い瞳と、ガーネットの藍の瞳がまともにぶつかった。
 ふわっと微笑んだガーネットはしっかりとスティラートを抱えなおすと、大挙して襲いくる敵に向かって無造作に右手を差し出し、そして。
「“フレイム・ガスト”!!」
 スティラートの目の前が、真っ赤に染まった。
 大音響と咆哮。
 そして――静寂。
「――たいした被害はありませんね」
 ゆっくりと庭を横切ってきたセルシュが、そう告げた。
「最近多いな、やはり。結界強化はしてるんだが」
「あなたのせいではありませんよ、ガーナ。宮が不安定なせいもあるのです」
「ああ――にしても……まったく」
 ふっと笑って自分の左腕の中を見る。そこには、半分意識を失いかけてぐったりとしたスティラートが抱かれていた。
「なんとも……とんでもない坊主だな、こいつは」
「あなたの目、狂いはありませんでしたね」
「ふふ。どうだか。俺がどう願っても、最終的にはこいつ次第だ」
「…………はく……しゃく……」
「なんだよ、まだ意識があるのか? おまえは」
「……いまの………………あれ…………」
「いいからいまは休め。起きたらおまえに話がある」
「…………でも……あのひかり…………」
「敵さんは片付けた。おまえのちからだ、よくやったスティラ。ゆっくり寝ろ」
 ガーネットのその声に導かれるように、スティラートは眠りに落ちた。

* * *

 風が、青い空を舞っていた。
 館の屋上。
 セルシュは黙って木々を見つめ、ガーネットはスティラートと向き合って床に直接座り込んでいた。
 スティラートは、今しがた聞いた話を、何度も自分のなかで反芻していた。
 意味は、わかった。
 しかし、現実として認識するには、あまりにかけはなれた世界のことのように思えた。
「俺は、おまえを推す。このエスターテから出せるのは、おまえしかいねえからな」
「……剣の腕なら、俺より上はいるだろ」
「そりゃそうさ。でも、それだけで務まるこっちゃねえ。俺はなスティラ、おまえっていう人間を推してるんだ」
「…………」
 聞かされたのは、宮での任務。
 宮には、今年七歳になる王女がいる。エンザーク全体が敵襲の故に不安定になっている現在、彼女の守護に就く騎士を捜していた。
「それってさ、セルシュさまとか、そういう上位の騎士の役目じゃねーの? あんたもだろ? 伯爵」
「俺は王女にゃ関係ないよ。まあ、そう言い切ってしまうと語弊もあるんだが。それに、いずれにせよ彼女には彼女の騎士団が必要になっていくんだ。それならいまのうちに募っとこうっていうのは、おまえだってわかるだろ」
「そりゃあ……まあ」
「王と女王と水龍司の意向だよ。セルシュにはセルシュの役目があり、俺には俺の務めがある。そして、おまえにはこれからそれをやってもらいたいんだ」
「……俺は…………礼儀作法なんかわかんないよ。エスターテから出たこともないし、宮なんて……」
「それは心配すんな。ちゃんと教える」
「でも」
「スティラ」
 不安を繰り返すスティラートを、ガーネットがさえぎった。藍の瞳が、優しく微笑む。
「――おまえのちから、俺に貸してくれ」
「え」
 スティラートの目が、まん丸になった。
「エンザークは水を司る都。すべての命を育む地だ。四方の精霊の地がちからを送り、宮がそれを統括し、ひとつになる。水のちからはそこから生まれる。夏の地エスターテ――そのちからは命の炎。生きていく活力になる火のちから。それを守るのが俺の役目だ。俺は、おまえが生まれるまえからおまえを知ってる。これまで十年、おまえを見てきた。おまえだけじゃない、この地のあらゆるものを。そのなかで、俺のちからになっていくのはスティラート、おまえだった」
 ガーネットの静かな声に、スティラートは呼吸も忘れて聞き入った。それしか、できなかった。
「たしかに、おまえはまだまだ無茶で無謀で隙だらけの子どもだよ。けれど、他の連中には持ち得ないものを生まれながらに持っている。なあスティラ、おまえは、エスターテが好きか?」
「――うん……」
「だな。昨夜見せたおまえのちから、あれはおまえが持つ思いそのものの行動だ。この地を――相手がたとえなんであろうと、この地を守りぬくという心。おまえが他の連中に勝っているのは、この心だ。心のなかに輝く星――おまえにそれがあるかぎりおまえは誰にも負けない。その名――スティラートという名にかけて」
 スティラート――「星」。標となり、救いとなり、すべてを導くもの。
「ルシーダはまだ七つ。が、王も女王も今は大変なんだ。娘を守る前に、エンザークを守らなきゃならん。でなけりゃ、すべての命が絶えるかもしれない。だから――王と女王のかわりにルシーダを守る守護騎士が必要なんだ。俺はエスターテを預かる身として、その騎士のひとりを選別する役を担った」
 ガーネットのおおきな手が、スティラートの両肩にかかり、藍の瞳がまっすぐに黒い瞳を捕らえた。
「俺の選択は間違っていない。俺の全部をかけてもいい。おまえしか、いない。おまえのちから、この俺に貸してくれ、スティラート」
 しばらく、誰もなにも言わなかった。
 風が静かに渡り、梢を鳴らし通り過ぎる。
 やがて、大きく息を吐いたスティラートは、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は……この地が好きだよ……。この空が、風が、すべてが……俺をつくってくれてるんだといつもそう感じる。だから……守りたいんだ、どんなことをしても」
 顔を上げ、さらに続けて。
「ここの守護、いつもあんたがやってくれてた。なにがきても昨日のように……俺たちに被害が及ばないように全力で。それに加えて…………あんたには大事な仕事が他にもある。この地を守ることと同じくらい大切なこと。なのにどんなに大変でも、俺たちにはそれをちょっとも見せないで……俺たちが不安にならないようにいつも気遣って……。やっとわかった。俺には逆立ちしたってあんたに届くちからはない、って……。だってそうだろ? それがどんなに大切な役目か……それが伝説となってるってことを考えたら当然わかるじゃん。だってあんたは…………赤龍の騎士だから……」
「――それで?」
 否定しないガーネットをしばらくみつめていたスティラートは、やっとかすかに笑顔を見せた。
「その……アクアの騎士がさ……俺のちからを貸せって言ってる。俺にしかできないなんて大仰に。俺のなにをみてそんなこと言うのかわかんないよ。でも……それが俺に課せられたものなら……果たすしかねーじゃん。だろ?」
「それが筋だな。で?」
「俺でよかったら……俺で間に合うんなら……あんたのために使ってくれ」
「――俺のためじゃないスティラ。エスターテ――エンザークのため、だ」
 ガーネットの柔らかな声に、スティラートはゆっくりと頷いた。

* * *

 二日後、スティラートは家へ戻った。それにはセルシュが同行した。
 セルシュはマシューと簡単に言葉を交わし、それから宝剣を受け取ると宮へと帰って行った。
 その一週間後、南の丘の伯爵館に、スティラートの姿があった。みなには、伯爵の身の回りの世話を頼まれたとマシューが説明していた。が、それは言い訳。
 ガーネットに呼ばれると剣をとり、バトラーの言いつけに従いさまざまなカリキュラムをこなしていく。早急に宮に出向かねばならないと言い聞かせられたスティラートには、ただルシーダ王女の守護をこなせるだけのちからをつけることがすべてになっていた。
 彼がすべての真実を知るのは、もうすこし先のこと――それから二年ほどあとの話になる。
 それは――。
「ガーナッ!」
「遅いぞ、このくそ坊主っ!」
「ルシーダのわからずやを黙らせんのにてこずったんだっ。戦況は!?」
「――見てのとおりだ」
 エンザークの中心地。宮の周囲は、敵襲によって崩れかけていた。が、ここで崩れてしまうわけにはいかない。すべての騎士と守護龍が宮に集結し、戦況は最終局面を迎えていた。前線守備についているガーネットと赤龍には、スティラートが補佐についていた。本来ルシーダ王女の守護が任務だが、彼女を守れても宮が陥落してしまったらすべてはそこで終わる。アクア・シールの五龍の騎士によって選出されてきたルシーダの守護騎士は五人。その五人も今はそれぞれ自分を宮へと導いた彼らの補佐をすることになり、スティラートもそれをこなしていた。
「……っくしょう……なんとかしなきゃ……。そうだ、これ。エスランから預かってきた」
「エスペランサ? なんだ?」
 ガーネットの右手に小さな赤い木の実をいくつかのせると、スティラートはため息をついた。
「なんだじゃねーよ。治療と回復、全部他にまわしたろ、故意に」
「俺よりひでーのが多かったんだよ」
「ウソつけ。ボロボロじゃん」
「おまえこそどうなんだ。派手に吹っ飛んでたじゃないか」
「うるせーよ。俺はいい、さっきエスランに泣きつかれて回復してもらったから」
「OK。それならいい」
「じゃなくてだな、ほらこれ。パナケーアに黄龍の気をいれてもらったとかいう特製即効回復薬だってさ。シャリテさまがガーナのためにって作ってくれたんだってエスランが言ってた。飲めよ」
「……まったくあいつは」
「黄龍の騎士がそこまでしてくれてんだ。ってことはガーナのちからが今、不可欠だってことだ。わかってんだろうな」
「おまえに言われたかねえぜ――スティラ、うしろ!!」
「おわっ!!」
 とんできた無数の矢を、身を翻してかわす。
「気ぃ抜くな」
「わかってら!」
「右、頼むぞ。とりあえずこっちを片付けとく」
「うん――あ」
「なんだ?」
「飲めよ、回復薬っ」
「わかったから行け」
 ガーネットに促され、スティラートは右方向の守備についた――そのほんの数分後。
「伏せろスティラートッ!!」
「え?――うわあっ!」
 赤い、閃光。
 爆音。
「…………っ……」
 一部が瓦礫と化した城壁を押しのけ身体を起こしたスティラートは、その場に凍りついた。
「――――ガーナッ!!」
 無数の敵が転がるなかに、見慣れた赤い髪。
 転がるようにその場に駆けつけ、助け起こす。
「ガーナッ! なんだよ、しっかり!!」
 ガーネットの胸を貫いた傷は、背中にまで達しているらしい。抱き起こしたスティラートの手に、生温い血の手ざわり。それがどんどん流れていくのが感触だけで判る。
「…………やったか……」
「大丈夫、ここらの相手は今ので壊滅状態だぜっ。それより……なんだってんだ、しっかりしろっ!」
「………………せき……りゅうは……?」
「――赤龍!」
 その声に、瓦礫がガラガラと動き、一匹の守護龍が姿をあらわした。傷つき弱ってはいるが、死に至るような様子はない。
「無事だよ、大丈夫。ちゃんとここにいる。だからしっかりしろよっ! 今、シャリテさまを」
「スティ……ラ……」
「しゃべるな!」
「スティラート」
 有無を言わせぬ強い口調に、スティラートはひいた。
「……なんだよ」
「今度は……おまえの番だ、スティラ……」
「……なんのことだ……?」
「俺が…………見込んだんだ……間違いはない……」
 言いながら、ガーネットはスティラートの手に金縁の龍の紋章を押し付けた。
「……これ……は……!」
「…………正式な……継承式ができなかったことだけが心残りだが……おまえならやれる……」
「ちょ……ちょっと待て! これ、アクア・シールの……赤龍の紋章じゃないか! なんで俺が……!」
「おまえには俺のすべてを伝えてきた…………あとはおまえの心次第…………だが……おまえならやれるスティラ……その名にかけて……」
「おれ……が……」
「いいな……?」
 しっかりと自分を見つめる藍の瞳に、スティラートはぎゅっと唇を噛むと大きくひとつ頷いた。それを見て、ガーネットも頷き返し、そして。
「…………あとを………………たのんだぞ…………」
 それが、ガーネットの最期の言葉になった。ふんわり微笑むと、スティラートの手にかかっていた右手が、ゆっくりとすべり落ちた。
「…………ガーナ…………? こら……なんだよ……返事しろ……っ…………こんなのって……こんなのってありかよ……っ……! ガーナ……ッ!!」
 スティラートがことの真相をすべて聞かされたのは、この直後――戦いがおさまったあとだった。セルシュによって語られたそれは、どんなものより重いものをスティラートの胸に残した。
 ルシーダ王女の守護を名目に集められた五人の本当の役目。それは、次代のアクア・ディーオ・カヴァリエーレ――エンザークが誇る天界最強の守護龍騎士アクア・シール。現五龍の騎士が選出した最高の継承者ということだ。
 この戦いによって、赤龍のガーネットが欠け、また、黄龍のシャリテが大きな負傷によりその任を退かねばならなくなった。ガーネットを見送り、事後処理をあらかた終わらせ――それは行われた。
 継承式。
 アクア・シール自らが見出し、宮が認め、五龍が認めた新しいちからに、五龍を継承する儀式。
 自分の胸に輝く宝珠を見つめ、スティラートはガーネットの言葉を思い返していた。
 心のなかに輝く星――おまえにそれがあるかぎりおまえは誰にも負けない。その名――スティラートという名にかけて……。
 ここから、新たな伝説が彼らの手でつながれていくこととなる――。
FIN
《あとがき》
このお話は、「エンザーク奇譚正伝《ルシーダ世》」の外伝になります。セライア世のアクア・シールの五人が、自分の後継となるルシーダ世のアクアの五人を選出するそのときのお話で、この「後継者」は、赤龍の騎士選出譚。本編より先に外伝を出してしまうなんて掟破りをやっていいのでしょーか……。
「エンザーク奇譚」は、本館でご覧いただけます(^^)
広川組本館 企画作品置場 広川組別館
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