テーマ競作「雪の肖像」

年齢制限=なし 本編=Heavenly robe〜藍の翼 緋の衣(本館にて掲載) 読者制限=制限なし

Christmas Eve〜輝〜

広川 侑


 12月は、聖誕祭。
 クリスマス思想をご存知だろうか。
 宇宙連邦でも中心的役割を果たしている太陽系のなかの惑星地球に、古代より伝わる宗教伝説だ。
 地球のベツレヘムという地に、イエス・キリストと呼ばれる神の御子が降誕したその日をいう。12月25日、この日を「クリスマス」といい、キリスト生誕を祝うというものだ。
 この宗教行事が、宇宙連邦を通じてさまざまな地方に伝わっている。長い年月によって解釈がまるっきり変わってしまったところもあるが、ここ、四季系銀河エスタシオーネスでは地球古代思想そのままのクリスマス行事が現存していた。
 さて、このクリスマス、実は25日だけではない。地球では12月に入るや否や、どこもかしこもクリスマス準備に大変な盛りあがりをみせる。そして、最大のイベントは24日の夜。巷ではクリスマス・プレゼントの交換会が盛大におこなわれる。イエスが生まれることを予言その他で知った3人の博士が、彼が生まれるベツレヘムのとある宿の厩まで誕生日の贈り物を届けたことに端を発しているということだが、すでに伝説と化しているできごとであるため真偽のほどは不明だ。が、とにかく、12月24日は「クリスマス・イブ――聖夜――」と呼ばれ、大切な相手にさまざまな意味をこめて贈り物をする日として認識されている。
 24日は、雪だった。
 普段は多少の気象調節がおこなわれ雪は滅多に降らないようになっているここアウトゥンノでも、クリスマスシーズンは別らしい。降り積もるまではいかないが、ちらちらと降る雪はクリスマス独特の幻想を連れてくる。
 講義室の窓の外――灰色の空から降りてくる白い結晶をぼんやりとながめて、(あきら)は遠い草原を思っていた。雪の中、家路を急ぐ学生たちが中庭を行き来している。
 ――四季はよいものです、フェイネル。
 そう言って微笑んでいたシーリア。
 少し前、ちょっとしたことがきっかけで、アウトゥンノとエンザークの気候の話になったときのことだ。気候の変化が一定していないエンザークには、四季系銀河の星々がうらやましいという。
 シーリアは、雪が好きだと笑っていた。水の都を統べる任を負った少女は、水の不思議をいつも思うとも言った。そして、雪。
 彼女はあの宮から出たことがあるんだろうか――。
 そう思う。
 たしかに知識はある。エンザークを取り巻く情勢や事象に詳しい。
 しかし。
 シーリアは本当に自分の目でそれらを見たことがあるのだろうか。それを思うと、なんとなく気が重い。大人びた振る舞いをみせるが、彼女はまだ15にもなっていないのだ。
 最近の輝は、ふとしたことでこんなことを考えるようになっている。
 わずかなきっかけが、気がつけばすべてシーリアにつながっていく。
「……ざまぁないな……」
 自嘲。
 輝自身にはわかっていた。それは「憧れ」なのだと。
 恋愛感情に似たそれは、ときたま人を惑わせる。そしてさまざまなドラマを織り成すわけだが、輝には効かない。百戦錬磨とはいかないが、恋愛関連については無難に対処できるだけのものはすでに身につけている。
 それだからこそ。
 あの金の髪の少女を守りたかった。
 守らねばならないのだと、そう思った。
「俺ってパパかもなあ……」
 娘を嫁に出す父親の心理をいきなり理解したようで、ため息をつく。
 と。
 その目の先に、信じられない光景が写った。
 思わず身を乗り出し――次の瞬間、輝は中庭に駆け出していた。

* * * * * * * *

「……ごめん、人違い」
 驚いて自分を見返した栗色の大きな瞳に、輝はつかんだ華奢な腕から手をはなすとあわてて謝った。
 長い金の髪。白桃の頬。
 遠目から、それはシーリアそっくりの少女。いや、遠目でなくとも似ている。ただ、シーリアよりはひとつふたつ年上に見えた。
「いいえ」
 輝の謝罪に、その少女はにっこりと笑顔になる。
 笑うとより一層シーリアを思わせた。
 ――他人の空似って……あるもんだな……。
「わたしの顔、どうかして?」
「あ」
 無意識に少女を凝視していたことにいまさらながら気付いた輝は、さすがに罪悪感を抱いてしまった。
「本当にごめん。あんまりよく似てるからつい……」
 しかし、そこまでしか言えない。なんだか声までよく似ているのだ。
 骨格が似ると声質も似るという。それかもしれないと思いつつまた黙り込んでしまう。
 すると。
「そんなに似ていて? ――シーリアさまに」
「――!」
 心臓が――止まりかけた。
 輝のなかから、いっさいの音が消えた。
 動けない。
「……そう。そんなに似てるの。なら、しょうがないわ」
 少女はそういうと、目を閉じて軽く頭を振った。途端に、金の髪がきれいな栗色に変化する。
「こんな大それたお役目はお断りしようと思ったんだけれど……あなたが間違えるんじゃしょうがないわね、フェイネルさま」
「…………君は……」
 そう言うのが精一杯。もはや輝の頭は思考を停止している。
 シーリアの名。そして、ミドル・ネーム。
 何故という単語だけが渦巻き、それにどう対処していいものかも考えられない。
「風水輝――エンザークの白龍の騎士・フェイネルさま。安心して、敵じゃないわ」
 少女は、ゆっくりと輝の目の前に立つ。
「わたしは、シーリアさまのお使い。宮廷巫女が本職なんだけど、水龍司にシーリアさまの影になるよう任命されたの。でね、たしかめにきたのよ、どれだけ自分が役にたてるのかを」
「水龍司? 神殿の守護龍?」
「そう。シーリアさまにまとわりつく莫迦が多すぎるの。向かってくるちからを分散しないと、いくらシーリアさまでも潰れてしまうわ。そのための影」
 たしかに。本当に狙われているのはエンザークではない。シーリアだ。彼女が持つ底知れぬ気――シーリアという女性の本質。すべてのものが、それに惹かれる。輝が守りたいと思う、それ。
 しかし、それならば。影というのは――
「危険だ……」
「そうね。でも、わたしで少しでもお役に立てるならそれでいいわ。ただ、似てないと意味ないんだもの。だから確認」
 そこまで言って、少女はふと空を仰ぐ。
「……いいとこね、ここは。雪がきれい……」
 つられて輝も上を向いた。
 吸い込まれそうな、雪。
「アクア・シールが守護すると言ったわ」
「え?」
「水龍司が言ったの。わたしのことをも必ず守る、と。わたし、それでここにきたの。確認して……ついでに龍騎士がどれほどの方なのかを見に」
「――で、答えは?」
「わたしがシーリアさまを守るわ。わたしのバックにアクア・シールがいるから」
 花のような、笑顔。
「驚かせてごめんなさい、フェイネルさま。お詫びにこれを」
 輝に向かって少女が手をかざす。と。
「……これは……」
 輝の胸に、ちいさな緑色の石。
「ちょっとだけね、エンザークの風。帰ったらグラスの水に入れてみて。しばらくは草原のなかの気分になれるわ。じゃ、これで」
 くるりと踵を返すと、少女は歩き出した。
「――待った。名前を聞いてない」
 その声に、少女は一瞬立ち止まるとふっと振り返り――
「……ルーチェよ。アネシスルーチェ。またエンザークで――メリー・クリスマス」
 そして、消えた。
 ルーチェ。
 クリスマスってのは……なにが起こるかわからない日だな――。
 ひとり、笑いを噛み殺しながら、輝はエア・ロードへと向かった。

FIN


Copyright (C) 2003 Yuki Hirokawa. All rights reserved.

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